依然弱い物価上昇圧力、本格的需給逼迫は来年度か(H29.7.17)
―『世界日報』2017年7月17日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【確りしてきた景気回復の足取り】
2014年4月の消費増税で家計消費が落ち込み、実質国内総生産(GDP)全体も14年度は0・5%のマイナス成長となって以来、日本経済は15年度と16年度も2年連続でプラス1・2%の緩やかな成長にとどまっていた。しかし、16年の下期あたりから、緩やかな中にも回復の足取りが確りしてきたように見える。
例えば鉱工業生産は、消費税引き上げ前の駆け込み需要で14年第1四半期にピークとなったあと、16年第2四半期まで2年余で6・9%も下落したが、第3四半期から久方振りに上昇傾向に転じ、本年の第2四半期(6月は製造工業生産予測値)までの1年間に8・7%の急回復を見せた。金融面のマクロ指標も、銀行・信金貸出残高の前年比が、16年第3四半期のプラス2・1%から本年5月にはプラス3・2%へ、マネーストック(M3)の前年比も同じ期間にプラス2・9%からプラス3・4%に上昇している。
【業況判断の好転が企業規模別、業種別に広がりを持ち始めた】
7月3日に公表された6月調査「日銀短観」でも、回復の足取りが確りしてきたことが見て取れる。「業況判断」DIの「良い」超幅は、16年12月、17年3月、6月と3回の調査で大企業・中堅企業・中小企業の製造業と非製造業が、いずれも3四半期連続で好転している。16年9月調査までは、全部、または一部のセクターで悪化していた。回復が企業規模別、業種別に広がりを持ち始めたということであろう。
【違和感のある本年度減益予想】
しかし「日銀短観」には、業況好転とはやや違和感のある情報が二つ含まれている。一つは本年度の経常利益がマイナス4・2%の減益予想であること(前年度はプラス4・4%の増益)、もう一つは1年後の価格見通し(前年比)が販売価格プラス0・4%、物価全般プラス0・8%と低い上昇率にとどまっていることだ。
減益の原因は、仕入れ価格上昇による収益圧迫のようだ。確かに国際原料品市況の底入れと円安傾向の下で、日本の交易条件は16年7~9月期から3四半期続けて悪化している。また企業物価指数の円建て輸入物価は、昨年6月以降、円建て輸出物価よりも上昇している。しかし、それにしても国内では景気好転で需給が引き締まっているのであるから、仕入れ価格の上昇を転嫁して販売価格を引き上げそうなものだ。それがなぜできないのか。需給の実態をもう少し調べてみよう。
【マクロの需給は需要超過、完全失業率は21世紀に入って最低】
15~16年度の成長率は緩やかなプラス1・2%にとどまったとは言え、潜在成長率(日銀推計)のプラス1%弱よりは高いので、GDPベースの需給ギャップの供給超過は徐々に縮小し、16年度第2四半期からは需要超過に転じている。持続的に需要超過となるのは、リーマン・ショックに伴う世界同時不況の影響で供給超過に陥った08年度第2四半期以来のことである。完全失業率も16年6月から直近の17年5月まで2・8~3・1%と、リーマン・ショックの直前の3・8%よりも下がっている。
【雇用人員の不足判断はリーマン・ショック直前より大、設備の不足判断はリーマン・ショック直前並み】
当面の需給逼迫(ひっぱく)を企業はどう感じているかを見ると、本年6月調査の「日銀短観」では、「雇用人員判断」DIは、大企業が16、中堅企業が25、中小企業が27といずれも大幅な「不足」超となっており、リーマン・ショック直前の「不足」超10~13よりもかなり大きい。今回の方が完全失業率の低下が大きいことと平仄(ひょうそく)が合う。他方、「生産・営業用設備判断」DIは、大企業が1、中堅企業が2、中小企業が3の小幅「不足」超で、リーマン・ショック直前の「不足」超0~4と同程度である。
【新卒採用と設備投資は増加の計画】
このような不足感を反映して、17年度の新卒採用計画は、製造業・非製造業・金融機関の合計で、前年比プラス5・3%と前年度の伸び(同プラス3・5%)を上回り、18年度はさらに同プラス7・1%と高まる。また本年度の製造業・非製造業・金融機関の設備投資計画合計(ソフトウェア・研究開発を含み、土地投資額を除く)は、全体で前年比プラス5・9%と前年度実績(同プラス0・4%)を上回る伸びとなっている。
【まだ本格的需給逼迫ではない】
以上のような需給状況の下で、販売価格の大幅な引き上げができないのはなぜだろう。考えられることは、この程度では、まだ本格的な需給逼迫ではないのかもしれない。例えば、完全失業率は、21世紀に入ってから最も低下しているが、バブル末期の1990~93年には4年間2・1~2・2%であった。賃金上昇圧力があまり強くない一因は、この辺にもあると言えよう。日銀推計のGDPベースの需要超過は、最新の16年第4四半期で0・6%である。しかし、「デフレ」を脱した前回の07年第4四半期には1・88%、前々回バブル期の90年第4四半期には5・85%とかなり高かった。「日銀短観」における企業の販売価格と物価全般の見通しが強くないのは、当面の需給逼迫の度合いがまだ過去の本格的需給逼迫期ほどではないからではなかろうか。
【需給逼迫で物価が上がり始める前に「出口政策」に入れ】
そうだとすれば、まだしばらくは供給の壁に突き当らずに、本年度はプラス1・5~2・0%程度の成長をするかもしれない。しかし、その先で来年度には、本格的な物価上昇を伴う需給逼迫が来る。金融政策はそれまで何もしないでいていいのか。長期金利の上昇を考えれば、「出口政策」など早目に手を打っておいた方がよいのではないか。