期待先行のトランプ経済政策は長期的に大きなリスク(H29.3.12)
―『世界日報』2017年3月12日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【トランプ経済政策への期待で米国経済の先行き感は好転】
 トランプ米国新大統領の経済政策の方針が少しずつ明らかになってきた。これにつれて、米国の経済の先行き感は好転しており、株価と長期金利が上昇している。米国の連邦準備制度理事会(FRB)は、既に政策金利のフェデラル・ファンド(FF)レートを0・25%ずつ2回引き上げてゼロ金利政策を脱しているが、最近の回復基調の強さから判断して、3月、あるいは遅くとも5月に3回目の利上げを実施するのではないかと見られる。長期金利上昇と利上げ予想を反映して、為替市場ではドル高・円安が進んでおり、日本の株価も米国の株高と円安を材料に上昇基調にある。

【米国経済の好影響で日本の株価も上昇】
 日本の貿易・サービス収支は、昨年7~9月期以降、黒字が拡大しており、国内総生産(GDP)統計の「純輸出」の成長寄与度は大きくなっている。このような外需主導型成長は、最近の円安基調と、米国景気の回復から見てしばらく続くと見てよいであろう。このため、輸出関連企業の業績見通しは好転しており、これが日本の株高を支えている。もう一つの株高要因は、金融株の上昇である。米国では金利上昇とトランプ大統領の金融規制緩和の方針から金融機関の業績回復が見込まれ、金融株が上昇しており、これが日本でも金融株の上昇を誘発している。

【日本経済の回復歩調も確り】
 日本経済は、このような外需主導の回復や金融市場の動きに加え、国内でもこのところ設備投資の回復基調が確りしてきており、10~12月期の「法人企業統計」は自動車産業を中心に設備投資(季調済)が前期比プラス3・5%とやや大きく増加した。これを受け、10~12月期GDP統計の2次速報値では、設備投資が上方修正され、実質成長率は1次速報値の年率プラス1・0%からプラス1・2%へ高まった。

【トランプ大統領の経済政策の柱】
 以上のように、トランプ大統領の経済政策の方針は、今のところ米国経済のみならず、日本経済にも好影響を及ぼしている。しかし先行きを予測するには、政策の方針だけではなく、政策の具体的な姿が明らかになるのを待たなければならない。2月28日夜の米国議会上下両院合同本会議でのトランプ大統領の施政方針演説などでは、①10年で1兆㌦規模のインフラ投資を推進する②法人税率を引き下げ、中間層向けに大規模な所得減税を実施する③2018年度予算では540億㌦(約6兆円)の歴史的な国防費拡大を行い、米軍の再建を図る―と述べ、市場の成長期待を高めることには成功した。

【トランプ経済政策の具体的内容と実現可能性が明らかになるのはこれから】
 しかし、①②は3月中旬に発表される18年度(17年10月~18年9月)予算案を待たなければ、具体的な②の減税の数字も①の実施時期も分からない。しかも①~③を含む予算案が議会を通るのか、通るとしてもどの程度修正されるのかも未定である。また①~③の財源が、どの程度公債発行に頼り、どの程度が他の歳出項目の削減によって賄われるかも分からない。要するに①~③の経済効果を正確に計ることはまだできないし、効果が出てくるにしても、予算を執行する本年10月以降の話である。それなのに、今から米国と日本の経済が浮かれているのは、期待先行にしても、いささか危うさが残ると言えよう。

【仮に政策が実現すれば投資超過・資金不足の拡大で経常収支の赤字は拡大する】
 仮に、期待通りの大型減税、インフラ投資、軍事支出拡大が本年10月以降、トランプ大統領の任期いっぱい行われたとした場合にも、もう一つの大きなリスクがある。
 この大規模な財政拡大は、既に市場が期待して織り込んでいるように、大きな景気刺激効果を生み出すであろう。トランプ大統領自身、10年間で2500万人の雇用を創出し、最終的に4%成長を目指すとしている。仮にそうなるとすれば、4%の能力GDP成長率と2500万人の職場を創るため、大規模な設備投資の増加が必須であろう。この投資拡大と財政赤字拡大によって、米国経済の貯蓄に対する投資の超過額は、著しく増加するに違いない。経済全体の投資超過額は、その国の資金不足額である。これは対外的な経常収支の赤字額に等しい。この関係は、常に成立している恒等式である。経済のメカニズムに則して言えば、投資超過の拡大は輸入需要増加と金利上昇を招き、為替市場ではドル高が進み、貿易・サービス収支の赤字が拡大するということである。

【2国間協定による保護主義は赤字総額を縮小できず米国の経済効率を下げるだけ】
 ところがトランプ大統領は、他方で、中国、メキシコ、日本、ドイツなどの対米黒字を名指しで非難し、①通商法201条の輸入制限措置を発動して国内産業を守る②通商法301条の報復関税措置などを発動して不公正な行為に対抗する③相手国が世界貿易機関(WTO)に提訴し、敗訴しても従うとは限らない、④2国間貿易協定を通商交渉の中心に据える、などと言っている。戦後、米国自らが主導して来た国際貿易ルールを軽視し、国内法を優先すると言うのだ。2月16日の本欄でも指摘したように、これによって世界の貿易・資本市場の自由化は後退し、世界経済の効率性は低下するであろう。しかも、米国内の投資超過で決まる経常収支の赤字は逆に拡大し、ただ国別赤字の配分が理不尽なルール違反で変えられるだけであろう。これは、トランプの政策に浮かれる日米経済の現状とは、かなり違う姿である。