トランプの経済政策は逆効果(H29.2.16)
―『世界日報』2017年2月16日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【トランプは自由貿易から保護貿易へ180度の戦略転換】
 トランプ米国大統領就任以来、移民国家の米国が移民の受け入れを停止し、また貿易・資本の自由化で世界経済のグローバル化をリードしてきた米国が、自国企業に対外直接投資よりも国内投資を推奨し、輸入品に高関税を掛けようとしている。この百八十度の戦略転換、「米国第一主義」は、なぜ起こってきたのか、また本当に米国のためになるのか、以下考えてみよう。

【ブレトン・ウッズ体制によるグローバル化と世界経済の発展】
 第2次大戦後、自由陣営の戦勝国はブレトン・ウッズ協定に基づく国際通貨基金(IMF)、関税貿易一般協定(GATT)体制を発足させ、物、カネ、人の国際的移動の自由化による世界経済の一体化を目指した。大戦の背後に、保護主義による世界経済のブロック化があり、それが領土拡張や植民地獲得の争いになったからである。この自由化、グローバル化のお陰で、全ての植民地と一部の領土を失った資源小国日本が、戦後の高度成長を実現して先進国の仲間入りを果たすことができた。冷戦終了後は、さらに世界貿易機関(WTO)の発足や多国間の自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)締結によって、旧共産圏を含む世界全体に、自由市場が広がった。
 この過程では、対外資本投資によって先端技術が先進国から途上国に移転し、途上国の輸出拡大によって先進国との経済格差が縮小し、移民増加によって世界の所得格差の縮小も進み、全体として世界経済の効率が高まり、成長率は戦前よりも上昇した。

【先進国の所得格差拡大】
 しかし、同時にこの過程は、先進国の中に深刻な所得格差の拡大を生み出した。企業は自由な資本移動、自由な貿易、安い労働力確保によってビジネス・チャンスを拡大し、収益を著しく伸ばし、企業経営者や資本家の所得の伸びは、大いに高まった。半面、先進国の労働者は、安い賃金で働く移民の増加や、高い技術の企業が安い賃金の国で生産した同質で安価な製品の輸入増加に押され、賃金が抑えられ、失業も発生した。教育を受け、高い技能を持つ者を除き、中間層以下の所得の伸びは抑えられ、ごく一部の企業家、資本家と多くの中間層以下の間で所得格差は著しく拡大した。

【トランプ大統領実現と英国のEU離脱決定は白人労働者の不満を反映】
 この白人労働者の不満がポピュリズムの形で国民投票に反映されたのが、昨年の最大のサプライズとなった米国のトランプ大統領当選と英国の欧州連合(EU)離脱であった。この結果、米国の環太平洋連携協定(TPP)離脱、北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉、英国のEU共通市場離脱に見られるように、両国は多国間の自由貿易ではなく、2国間協定による貿易に戻り、移民の流入を抑え、自国企業に対外直接投資よりも対内投資を促そうとしている。戦後営々と築き上げてきた多国間の物、カネ、人の移動自由化は、ここでは逆転しようとしている。
【保護貿易は米国と英国のみならず世界の経済効率を悪化させる】
 しかし長期的に見ると、これによって米国と英国の国民は、低賃金の移民や途上国労働者が作った安い製品は手に入らず、高賃金の自国労働者が作った割高の国産品と高関税を課した割高の輸入品を買わされることになり、実質所得は低下し、経済成長率は下がる。また米国と英国の企業は、グローバルなビジネス・チャンスを十分に生かすことができず、収益の伸びは下がり、これも成長率の低下要因となろう。他方、所得水準の低い国の側では、外資流入と移民のチャンスが減り、発展が遅れるだろう。こうして孤立主義の米国と英国だけではなく、世界全体の経済効率向上のテンポと成長率は、長期的に見て確実に下がるに違いない。2国間貿易は世界市場を寸断し、多国間貿易は世界の自由市場を拡大するからだ。

【米国の経常収支赤字は投資超過の反映、黒字国非難は筋違い】
 トランプ大統領は、米国の貿易赤字の相手国である中国、日本、ドイツ、メキシコを軒並み非難し、これらの国々の低金利政策などによるドル高が赤字の原因だとし、これを為替相場の誘導だとして非難している。しかし米国の経常収支の赤字は、米国内の投資が貯蓄を上回った額に等しいのである。この赤字額が比較優位の原理によって国別に振り分けられているのだ。安倍首相は、日本の対米投資によって米国の雇用が促進されていることを理解してもらい、さらにトランプ大統領のインフラ投資拡大にも、日本は資金面から協力すると言っている。一見、トランプ大統領が喜びそうな話であるが、経済の論理から言えば、これは米国の投資超過を拡大し、金利を上昇させ、ドル高を進め、貿易赤字を拡大させる原因となる。

【日本は米国以外の国々と多国間FTA、EPAを拡大せよ、国内の所得格差是正は税制と社会保障の改革で】
 日本は、物、カネ、人の国際的移動の自由化によって、世界市場の一体化を進めることが、世界の経済発展と平和の基礎であると考えている同じ志のEUと共に、世界の自由市場を守る努力をすべきだろう。米国との2国間協議は、当面やむを得ないとしても、他のTPP加盟国を含むアジア・太平洋諸国と、できるだけ多国間でFTAやEPAを結ぶ努力をすべきであろう。自由諸国間の国際ルールに従うならば、そこに中国を誘ってもよい。
 先進国内の所得格差拡大については、保護主義に戻るのではなく、税制と社会保障の改革で、富裕層から中間層以下にもっと所得移転を拡大することで対処するのが正しい。