本年の日米欧の金融政策展望(H29.1.17)
―『世界日報』2017年1月17日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【昨年までの米国の金融政策】
 欧米先進国の金融政策が、大きく動き始めた。米連邦制度理事会(FRB)は、リーマン・ショック後の景気回復が進み、失業率も着実に低下し始めたため、2014年初めから「量的金融緩和(QE)」の縮小(テイパリング)に着手し、資産買入額を減少させ、10月には資産買入を中止した。さらに15年12月からはゼロ金利政策との決別を決意し、FRBに在る民間金融機関の過剰準備への付利を0・25%から0・5%へ引き上げることによって、0~0・25%(事実上のゼロ金利)であったフェデラルファンド(FF)レートの誘導目標を0・25%~0・5%へ引き上げた。

【伝統的金融政策の運営に戻った米国】
 その後16年(昨年)中には、さらに2~3回の利上げが望ましいとしていたが、16年中の景気回復が当初予想していた程強くなかったため、結局、12月に0・25%の幅で1回引き上げるにとどまった。
 しかし、最近になって景気回復の足取りが確りしてきたため、年明け後のFRBは本年中に3回の利上げがあり得るとしている。これには、順調な景気回復に加え、トランプ新大統領の減税とインフラ投資拡大による景気刺激が、10月以降に始まることも考慮しているようだ。米国はゼロ金利政策や量的緩和という「非伝統的金融政策」から完全に抜け出し、伝統的な金融政策の運営に戻ったと言えよう。

【「出口」に向かい始めた欧州の金融政策】
 欧州先進国の金融政策も、今年、動こうとしている。欧州中央銀行(ECB)のQEは本年3月末に期限を迎えるが、これを9カ月間延長し、本年12月末まで続けることを決めた。ただし、毎月800億ユーロを買入れていた国債の量を、本年4月から12月までは、毎月600億ユーロにすることとし、事実上のテイパリングを始める。
 また、EU加盟国でありながらユーロ圏に参加していないスウェーデンの中央銀行は、QEの期限を昨年末としていたが、期限を半年間延長する一方、資産買入額を16年後半の450億クローナから、本年前半は300億クローナに減らすと決めた。
 このように、本年の欧米先進国の中央銀行は、「非伝統的金融政策」から決別して金利引き上げを志向したり、QEのテイパリングを実施したりして、「出口」に向かおうとしている。

【「出口」の見えない日本の金融政策】
 これに対して、日本では、昨年9月に日本銀行が金融政策の枠組みを変え、操作目標を従来の「量」から「金利」に変更し、短期はマイナス0・1%、10年物はゼロ%程度のイールド・カーブを維持することとした。このイールド・カーブ・コントロール、とくに10年物ゼロ%のコントロールに必要な国債買入額については、従来の年間80兆円を縮小するとは言っていない。新たに国債の「指値オペ」を行うことによって、日本銀行の意図を市場に伝えることとし、実行し始めているが、ECBやスウェーデン中央銀行のような「テイパリング」の意図は示していない。この日本銀行の曖昧な態度は、QEに固執する「リフレ派」への「義理立て」かもしれない。

【米国の長期金利上昇とその影響】
 しかし、本年の世界経済を展望すると、米国では、しっかりした景気回復に加え、トランプ新大統領の大型財政政策が秋から動き出すと、金利は上昇傾向をたどる可能性が高い。現にFRBは、本年中に3回の利上げがあり得るとしている。このような情勢の下では、本年から明年にかけて、米国の経済成長率と長期金利が上昇してくるであろうから、つれてドル独歩高と株高も進むのではないか。もっとも、トランプ新大統領が、万一、ドル高抑制の「口先介入」を行うようなことがあると、世界の市場に大きな混乱が起きるリスクがある。

【日本への好影響と二つのリスク】
 日本にとっては、米国の景気回復が一段と確りし、ドル高が進むことは「僥倖《ぎょうこう》」要因である。米国の力強い景気回復は、米国にとどまらず、欧州や資源国・新興国の景気底入れ・回復を助けるので、日本の輸出が昨年の停滞を脱して伸び率を高め始め、景気と企業収益が回復し、株価が上昇する要因となる。
 しかし、日本にとって二つのリスクがある。一つは、前述したようにトランプ新大統領の「口先介入」によって、円高方向へ為替相場が大きく振れるリスクである。
 もう一つは、米国の長期金利上昇が日本の長期金利上昇に波及し、日本銀行のイールド・カーブ・コントロール、特に10年物のゼロ%維持が困難になるリスクである。

【日本の金融政策運営は米国の長期金利上昇の波及をどう受けとめるか】
 この時、日本の景気が大型財政、輸出伸長、企業収益好転、株価上昇などに支えられて底固く推移しており、消費者物価上昇率もエネルギー価格の底入れも手伝ってジリジリ上昇していれば、例え2%の物価目標に達していなくても、金融政策が長期金利の目標をゼロ%から徐々に引き上げる形で、金利上昇の波及追認と量的緩和のテイパリングを同時に進めることもできよう。
 しかし、日本の景気回復がしっかりしていない場合や、トランプ発言で円高に振れている場合は、金利上昇を追認できず、金融政策の運営が窮地に追い込まれる恐れがある。