「リフレ派」の敗北とマクロ政策の転換(H28.12.18)
―『世界日報』2016年12月18日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【リーマン・ショック後の「非伝統的金融政策」採用】
 2008年のリーマン・ショックに伴い、世界経済が同時不況に陥ったあと、日本を含む先進各国・地域では、金融緩和政策によって政策金利をゼロ%まで引き下げたが、それでも景気は思うように立ち直らなかった。そこで先進各国・地域の中央銀行は、ゼロ金利政策に加え、国債や民間債を大量に買い上げて資金を供給する「量的金融緩和」という「非伝統的金融政策」を打ち出した。米連邦準備制度理事会(FRB)が08年末から始めた「量的金融緩和(QE)」に続いて、日本銀行は13年4月から「量的・質的金融緩和(QQE)」を打ち出し、欧州中央銀行(ECB)も15年1月から日米と同様の量的緩和を打ち出した。イングランド銀行(BOE、英中央銀行)は、FRBより少し前に量的緩和を始めている。先進各国・地域の中央銀行の保有資産は、これに伴って著しく膨張した。

【量的金融緩和政策の限界】
 この量的金融緩和の結果、16年現在、これら先進国・地域では「デフレではない」状態になっているが、景気の回復力が弱く、依然として低成長にあえいでいる。それでも米国だけは、QEをおえて、事実上ゼロ金利であったフェデラルファンド(FF)レートを15年12月、本年12月に0・25%ずつ引き上げ、明年は更に複数回引き上げるのではないかと噂(うわさ)されるところまできた。しかしこの米国でさえ、リーマン・ショック以前に比べれば景気回復力は弱く、インフレ率は低い。ましてや日本、欧州連合(EU)、英国では、非伝統的金融政策をいかに手仕舞いするかが来年の課題である。

【「リフレ派」の誤りを認めた浜田内閣官房参与】
 このような状況の中、量的金融緩和だけで経済を立ち直らせることができると主張してきた「リフレ派」の旗色が、当然のことながら悪くなってきた。安倍内閣の内閣官房参与として、アベノミクスを理論面から支えてきた浜田宏一エール大学名誉教授は、11月15日付の日本経済新聞の「経済観測」欄で、「デフレは(通貨供給量の少なさに起因する)マネタリーな現象だと主張してきたが、―中略―金利がゼロに近くては量的緩和は効かなくなるし、マイナス金利を深掘りすると金融機関のバランス・シートを損ねる。今後は減税も含めた財政の拡大が必要だ」として、量的金融緩和だけで経済を立ち直らせることができるという従来の「リフレ派」の誤りを認めた。
 かつて白川方明第30代日銀総裁(08年4月~13年3月)は、経済の建て直しは量的金融緩和だけでは無理で、財政政策と成長政策(規制改革などの構造改革)が必要だと強く訴えていた。浜田教授は著書『アメリカは日本経済の復活を知っている』(13年)の中で、この考え方を「口を極めて」批判していたが、結局は白川氏の軍門に下ったということになろうか(詳しくは拙著『試練と挑戦の戦後金融経済史』〈岩波書店〉参照)。

【財政拡大政策に再び脚光が当たる】
 従来は財政拡大はそれに伴う財政赤字拡大を穴埋めするため、将来、増税または支出削減が行われるという期待を生み出し、それに備えた現在の支出抑制を招くので、拡大効果は無いとされていた。これに対して最近は、財政拡大は、それに伴うインフレ率の上昇によって税の自然増収を生み、拡大に伴う財政赤字を埋めると期待されるので、支出抑制を招かず、拡大効果があるという理論が強まっている(例えばC・シムズ米プリンストン大学教授)。そうだとすれば、量的金融緩和が無効の今日、財政拡大こそが「助っ人」になるべきだという結論になる。
 結局この結論は、金利がゼロまで下がり、金融政策が「流動性の罠(わな)」に陥って有効性を失った時は、財政拡大政策を出動させよと述べたJ・M・ケインズ(『雇用、利子および貨幣の一般理論』1936年)の主張と同じことを、80年も経(た)った今、繰り返しているにすぎないと言うべきであろうか。

【ポリシー・ミックスは金融政策から財政政策へ重点がシフト】
 明年を展望すると、米国でも日本でも、このような方向への政策転換が行われそうである。
 米国では、トランプ次期大統領が、大規模なインフラ投資と所得税・法人税の減税を公約している。またFRBのS・フィツシャー副理事長は、最近の講演で「金融緩和政策だけではなく、財政拡大政策も必要だ」と述べている。日本では、安部政権が大規模な本年度第2次補正予算をすでに成立させ、さらに来年度当初予算でも、公共投資の拡大持続を企図している。今後はさらに、オリンピック関連予算も加わって拡大が続くだろう。

【2016年は「リフレ派」の敗北とポリシー・ミックス転換の年】
 13年4月から始まった「異次元」の金融緩和政策は、2%のインフレ目標未達成という意味で失敗に終わり、操作目標を「量」から「金利」に転換し、マイナス金利政策に踏み込んだが、金融機関の経営圧迫という点で限界に逢着(ほうちゃく)している。もうこれ以上の金融緩和の拡大はあり得ないであろう。
 結局、リーマン・ショック以降の世界同時不況は、リフレ派が主張する量的金融緩和だけでは克服できず、来年以降は金融緩和政策から財政拡大政策へ、ポリシー・ミックスの重点がシフトすることによって、経済の立て直しが試みられることになろう。後世の史家は、2016年は「リフレ派」の敗北とポリシー・ミックス転換の年であったと述べるであろう。