日銀の政策転換と経済の展望(H28.11.20)
―『世界日報』2016年11月20日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【「サプライズ」型から「対話」型に転換】
 日本銀行は、2カ月前の金融政策枠組み転換の決定を踏まえて、金融政策の運営態度を変えてきた。
 まず、今月初めの政策委員会・金融政策決定会合においては、あらかじめ黒田総裁が国会答弁や講演で示唆していた通り、政策に変更はなかった。市場も、それを事前に折り込んでいたので、金利、為替相場、株価はこれを冷静に受け止め、格別の波乱はなかった。就任以来、予想外の政策変更でその都度市場を驚かせ、波乱を招いてきた黒田総裁は、金融政策の枠組み転換に伴って、政策運営を従来の「サプライズ」型から、「対話」型に改めるという約束をしたが、これを実行したのである。発達したさまざまの各国市場がグローバルにつながっている今日、先進国の一国の「サプライズ」型政策運営は、しばしば世界的な市場の混乱を招くので、先進国日本の中央銀行の政策運営が、「対話」型に変わったことは、国際的にも評価されている。

【金融機関経営に配慮した「イールド・カーブ」を目標】
 もう一つは、操作目標を「量」から「金利」へ転換したことに伴い、日本銀行は短期金利がマイナス0・1%、10年物金利がおおむねゼロ%、10年超はプラス金利という右上がりの「イールド・カーブ」を、国債買い入れなど日々の金融調節手段によって約束通り実現した。右上がりの「イールド・カーブ」は、短期調達・長期運用の金融仲介機関の経営を安定させ、10年超のプラス金利は、生・損保、各種基金などの機関投資家の経営を安定させる上で有効である。「金融政策は金融機関の経営のために運営するのではない」といった従来の態度から、金融機関経営にも気を配る政策運営に変わったようだ。

【今後2年半は潜在成長率を上回る1%程度の持続的成長を予測】
 このような金融政策運営の枠組み変更を前提に、日本銀行は3カ月ごとに公表している「経済・物価情勢の展望」を今月1日に公表した。今回の展望期間は、2018年度までの約2年半である。
 この展望を見ると、まず国内では、設備投資が極めて緩和的な金融政策の運営、オリンピック需要の本格化などを受けて緩やかな増加基調を維持し、個人消費が人手不足を背景とする雇用所得の改善持続から緩やかに増加するとみている。公共投資は、経済対策の効果から17年度にかけて増加した後、オリンピック関連需要もあって高水準で推移するとみる。他方海外経済は、先進国の着実な成長が続き、新興国経済も最悪期を脱していくことから、徐々に成長率を高めていくため、日本の輸出は緩やかな増加に転じると予測している。
 以上の内外経済の結果、日本経済は18年度までの予測期間の間、潜在成長率を上回る1%程度の成長を続けるとみている。

【潜在成長率が高まるという予測は希望的観測】
 他方、供給側の潜在成長率については、政府による規制改革などの成長戦略の推進や、女性と高齢者の労働参加の高まり、企業の生産性向上の取り組みなどによって、予測期間中緩やかな上昇傾向をたどるとしているが、今のところ成長戦略が実を結びつつある証拠はないし、企業の生産性向上も確証はないので、これは希望的観測の域を出ない。

【消費者物価上昇率が18年度中に2%に達するとの予測は疑問】
 もっとも、仮に潜在成長率が高まるとしても、需要面の成長率の1%にも達しないことは、前述の通り日銀も認めている。その結果、マクロ的な需給バランスは徐々に引き締まり、展望期間中の物価上昇率は、現状のゼロ近傍から次第に高まって行くとみている。しかし、それが18年度中に消費者物価(生鮮食品を除く、以下同じ)で2%に達するという日銀の予測には賛成しかねる。

【日本では2%は物価安定ではなくマイルド・インフレ】
 前回10月16日付の本欄でも指摘したが、過去において消費者物価の前年比が継続的に2%を超えて推移したのは、人手不足で企業規模別賃金格差が縮小し、価格体系の中で中小企業が供給する消費財価格とサービス料金が相対的に上昇した1950年代以降の高度成長後期、初の円切り上げに過剰反応してマネーストックが年率15~20%も増加した過剰流動性インフレ期、ルーブル合意以降引き締め転換が遅れてマネーストック増加と円安が併進したバブル後期、の3回だけである(詳しくは拙著『試練と挑戦の戦後金融経済史』〈岩波書店〉参照)。
 今日、「EPSフォーキャスト調査」や「日銀短観」などを見ても、予想物価上昇率が2%を超えたことはない。それにもかかわらず、18年度中(黒田総裁の次の総裁の任期1年目)に2%に達するとみる理由は、日銀の「オーバーシュート型コミットメント」(物価上昇が2%を安定的に超えるまで現在の金融緩和政策を続ける)を信じて、人々の予想物価上昇率が2%に高まり、現実の物価上昇率も2%になるからだという。この論法は信じ難い。

【2%の物価目標にこだわらずもっと大切な事を考えよ】
 今回の「展望」の通り、デフレではない状態の下で、潜在成長率を上回る成長が今後2年半続くのであれば、金融政策の最終目標は達成されているのであるから、中間目標にすぎない2%の物価目標などはどうでもよい。それよりも大切なのは、米国のトランプ次期大統領の経済政策と、その日本を含む世界経済への影響をじっくりと検討し、日本の金融政策への含意を考えることであろう。