注目の日米金融政策決定
―方向は正反対、日本の望ましい形は量的緩和縮小・マイナス金利深掘
(H28.9.18)
―『世界日報』2016年9月18日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【9月20、21日に日米同時に重要な金融政策決定会合】
 今月20、21日に、日米の中央銀行が同時に重要な政策決定をする。米国の連邦準備制度理事会(FRB)は連邦公開市場委員会(FOMC)を開き、政策金利引き上げの是非を決める。引き上げない場合でも、年内のFOMCで引き上げるだろうとみられている。他方、日本銀行は同じ2日間に政策委員会の政策決定会合を開き、「量的・質的金融緩和」・「マイナス金利政策」のもとでの経済・物価動向や政策効果について、総括的な検証を行うこととなっている。検証を行えば、当然その結果を踏まえて、何らかの新しい政策行動を決めるのではないかとみられている。

【日米は正反対の方向を志向】
 二つの中央銀行は、米国の住宅バブル崩壊が引き金となって始まった金融危機と世界同時不況に対処して、いずれも非伝統的金融政策(ゼロ金利政策・量的金融緩和政策)によって大規模な金融緩和を進めてきたのであるが、現時点では、米国は政策金利引き上げという大規模な金融緩和からの「出口政策」に取り掛かっており、日本は大規模な金融緩和の総点検によって、さらにこれを続けようとしている。両中央銀行は、今や正反対の政策方向に向かおうとしているが、これに伴う日米金利差拡大の予想から、為替市場ではやや円安・ドル高が進み、日米の株価は不安定な動きをしている。
 しかし、これは極めて短期的な市場の反応であり、背後にある日本経済と米国経済の基調を考えれば、日本の方がはるかに深刻な政策問題を抱えていることに気付くであろう。

【FRBは利上げのタイミングを探る】
 FRBは、住宅バブル崩壊後、公定歩合を2007年9月の5・25%から08年10月の1・25%まで短期間に果敢に引き下げ、08年末にはフェデラルファンド(FF)レートを0・25%以下に誘導するゼロ金利政策を開始した。さらに09年に入ると、量的緩和第1弾(QE1)、10年には同第2弾(QE2)と称する大規模な量的緩和を実施し、FRBの保有資産残高の対国内総生産(GDP)比率を、それまでの6%から27%に急上昇させた。また、08年9月のリーマン・ブラザーズ倒産の際には、政府・FRBは大規模な公的資金投入によって金融危機の拡大を防いだ。
 この結果、米国経済は08年第3四半期から09年第2四半期まで、4四半期連続してマイナス成長となったあと立ち直り、10年以降今日まで、平均して2%強の経済成長を続けている。消費者物価の下落(デフレ)も09年の1年間にとどまった。失業率は09年10月の10・1%をピークに改善の歩みを続け、最近は4・9%まで下がっている。構造的失業の存在を考えると、この数字は完全雇用に近い。コアの消費者物価の指標は前年比でまだインフレ目標値の2%に達していないが、このテンポで経済成長と雇用改善が進めば、早晩2%を超えるのは確実と考えたFRBは、景気過熱を未然に防ぐため、金利の緩やかな引き上げに取り組んでいるのである。

【日本は低成長下で完全雇用に近付く】
 このような米国経済の事情と対比すると、日本経済はどうであろうか。世界同時不況に伴う輸出の急落を主因に、日本経済も米国経済と同じように、08年第2四半期から09年第1四半期までの4四半期は、連続してマイナス成長となったが、その後は量的緩和とゼロ金利政策の下でプラス成長に戻った。10暦年の成長率は米国を上回って4・7%にも達した。しかし、不幸にして日本の場合は、11年3月に東日本大震災が発生し、11年は再びマイナス成長に陥ってしまった。12年以降はプラス成長に戻ったが、成長率は1%台からゼロ%台へ徐々に低下している。これには少子高齢化の進捗(しんちょく)に伴う生産年齢人口の減少から、潜在成長率が低下している影響もある。失業率は09年7月の5・6%をピークにジリジリ低下しており、最近は3・0%である。これが完全雇用に近いのは、米国と同じである。

【日銀は量的緩和縮小で「出口」のリスクを小さくし、マイナス金利政策の深掘りで緩和基調を強化せよ】
 しかし日本の消費者物価は、トレンドを示すコアコアCPI(生鮮食品・エネルギーを除く全国消費者物価)の前年比が、本年7月も0・5%にとどまっている。このため、黒田日銀総裁は、インフレ目標の2%を達成するまでは、量・質・金利のすべての次元で金融緩和を強化する余地があると言っている。
 2%のインフレ目標を下方修正すれば、人々の予想インフレ率が低下し、実質金利が上昇して金融緩和に逆行するので、日銀の立場では口にできないことは分からないでもない。しかし、金融政策の最終目標は「国民経済の健全な発展に資すること(日銀法第2条)」にあり、経済学の言葉で言えば「持続的成長で完全雇用を維持し国民の厚生を高めること」にある。これに対してインフレ目標は、この最終目標を実現するための手段にすぎない。ほぼ完全雇用を達成した現在、インフレ目標の未達成にこだわるべきではない。今月の政策決定会合では出口でのリスクを少しでも小さくするため、FRBのように量的緩和を縮小し、緩和基調の維持、強化はもっぱらマイナス金利政策の深掘りによって行うべきではないか(詳細は拙著『試練と挑戦の戦後金融経済史』岩波書店参照)。