再起動を図るアベノミクスに潜む問題点(H28.8.14)
―『世界日報』2016年8月14日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

効き目が薄れてきたアベノミクスが再起動しようとしている。そこでこれまでの経過を振り返り、再起動の意味を考えてみよう。

【第1の矢は限界】
 2012年12月に発足した安倍政権は、当初アベノミクスと称して三つの矢を同時に放つと決めた。第1の矢の大胆な金融緩和は、黒田日銀の「量的・質的金融緩和政策(QQE)」の第1弾(13年4月)、第2弾(14年10月)として直ちに実行に移され、円安・株高が進んで企業収益は好転したが、2年間で2%の物価上昇率を実現するという目標は、「絵に描いた餅」となった。16年2月にマイナス金利政策が追加されたが、コアコアCPI(生鮮食品とエネルギーを除く消費者物価)の前年比上昇率は、最新の6月でも0・8%だ。

【第2の矢は逆噴射、第3の矢は未だ成果なし】
 第2の矢の財政出動は、実質公共投資が当初の13年度には前年比プラス10・3%伸びたが、14年度はマイナス2・6%、15年度はマイナス2・7%と減少に転じた。その上、14年4月から消費税率を3%引き上げたため、それ以降2年間は実質消費支出が前年を下回り続けている(第2の矢の逆噴射)。
 第3の矢の成長戦略は、日本経済を立て直す上で大切な問題提起であるが、残念なことに3年以上経った今日、これと言って潜在成長率を押し上げる成果は出ていない。

【14、15年度はならせばゼロ成長】
 以上の結果、これまでのアベノミクスは、13年度には第1と第2の矢によって2・0%成長を実現し、コアコアCPIの前年比は13年8月以降マイナス圏を脱した。ところが14年度と15年度は、第2の矢の逆噴射によって公共投資と家計消費が減少したため、第1の矢の超金融緩和だけでは力が足りず、14年度はマイナス0・9%成長、15年度はプラス0・8%成長とならせば2年間ゼロ成長となった。マイナス圏を脱したコアコアCPIの前年比も、15年末のプラス1・3%をピークに、ジリジリ下がっている。

【逆噴射の財政出動を正噴射へ】
 7月の参院選に勝利し、自民単独で過半数を制した安倍首相は、この先、長期政権を脅かす要因があるとすれば、あとは「経済」だけだと考え始めたのであろう。アベノミクスの再起動を決定した。とはいっても、第1の矢の超金融緩和は、目いっぱいで孤軍奮闘しているし、第3の矢の成長戦略はうまくいっても時間がかかる。残るは逆噴射している第2の矢、財政出動を正噴射に戻す以外にない。
 政府は8月2日に財政措置(真水)7・5兆円、財政投融資約6兆円、その他を合わせた事業規模総計28・1兆円の大型経済対策を閣議決定し、このうち4兆円を本年度第2次補正予算、3・5兆円を17年度当初予算に組み込むこととなった。事業規模の割に真水が少ないが、逆噴射が直るのであるから限界的には一定の拡張効果が出るだろう。

【徐々に出てくるマイナス金利政策の効果】
 これと並んで、やがて半年となるマイナス金利政策の効果も、徐々に出てくるのではないか。住宅ローン金利の低下に伴い、毎月の新設住宅着工戸数は、1月までの80万戸台(季調済み年率)の低迷から最近は100万戸台に上がってきた。一般の貸出金利も毎月ジリジリと低下している。設備投資の一致指標である資本財(輸送機械除く)の国内総供給(国産品の国内向け出荷と輸入の合計)は、本年1~3月期まで5四半期続いて前期比減少していたが、4~6月期には増加に転じた。6月調査「日銀短観」の本年度設備投資計画(ソフトウェア投資を含み土地投資を除く)の総合計(製造業・非製造業・金融機関)は、前年比プラス4・8%となっている。

【16年度の成長率の高まりが17年度以降の民間主導型成長につながるか】
 他方、海外需要(純輸出)は世界経済の成長減速から15年度中は停滞気味に推移していたが、このところ日本の輸出数量は輸入数量よりも高い伸びをしている。
 このような需要項目の動向を総合すると、14、15年度の2年間ゼロ成長で推移した日本経済は、16年度には3年ぶりに上向いてくる蓋然《がいぜん》性が高いように思われる。しかし、その主な契機となるのは、アベノミクスの再起動による財政出動である。それに伴い財政赤字は拡大するので、中長期的な財政再建の必要性を考えれば、17年度以降も次々に財政出動に頼ってプラス成長を続ける訳にはいかないであろう。16年度の財政出動によって構造改革を進め、成長期待を高めて17年度以降の民間主導型成長につなげなければならない。

【第3の矢の成長戦略の役割が大切】
 潜在成長率は0・5%弱にすぎないので、16年度に1%台の成長を実現すれば需給は引き締まり、人手不足は進み、設備能力の限界が出てくる業種も増えてこよう。これを17年度以降の賃金引き上げ幅の拡大と設備投資の増勢持続につなげるためには、働き方改革など第3の矢の成長戦略の役割が極めて大きい。

【金融政策修正の方向】
 金融政策は、マイナス金利政策の持続、場合によってはその深堀によって、民間需要の拡大を支援する一方、効果が薄く、将来の金融システム・リスクを拡大するだけの国債買入額を徐々に縮小するべきである(テイパリング)。紙幅の制約があるので、詳しくは私の近著『試練と挑戦の戦後金融経済史』(岩波書店)を参照して頂きたい。