ゼロ成長とアベノミクス(H28.6.9)
―『世界日報』2016年6月9日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【最近2年間の日本経済はゼロ成長】
 アベノミクスの下で、最近2年間の日本経済はまったく成長していない。2014年第2四半期から16年第1四半期までの8四半期(2年間)の間に、実質GDPはマイナス0・9%減少した。年度ベースで見ても、本年3月に終わった15年度の実質GDP平均は、2年前の13年度平均に比してマイナス0・1%減少した。

【家計消費と住宅投資が減少した理由】
 実質GDPの内訳を見ると、減少したのは、家計消費、住宅投資、公共投資である。
 家計消費と住宅投資の基礎となる実質雇用者報酬は、14~15年度の2年間に僅かプラス0・7%しか増加していない。家計消費と住宅投資の減少は、所得が伸びない下で、14年4月から消費税が8%となり、更に17年4月からは10%へ再引き上げされる予定(さすがにこれは最近になって19年10月まで延期)となっていたため、先行き不安から支出に慎重になったものと思われる。
 消費税率3%引き上げの影響は、消費者物価の前年比からは1年たつと消えるが、家計費には3%引き上げの負担増加が永久に続くし、それが更に2%(計5%)引き上げになるとすれば、雇用者報酬がいくらも増えない下では、心理的な支出抑制効果は大きい。

【公共投資が減少した理由】
 公共投資が減少したのは、当初のアベノミクスの第2の矢「財政出動」で、13年度に前年比プラス10・3%と大きく増加したため、反動で14、15年度の2年間は減少したのである。もともと財政再建という中期的課題がある中で、「財政出動」を第2の矢に据えたことに無理があった。その無理がたたって、14年度と15年度には公共投資の減少と消費税率の3%引き上げという「逆噴射」となり、成長の足を引っ張ったのである。

【企業投資、純輸出、政府消費は緩やかに増加】
 他方、この2年間に増加して、成長にプラスの寄与をした項目は、企業設備投資、純輸出、政府消費支出であるが、これらの項目のプラス成長寄与度の合計は、前述した家計消費、住宅投資、公共投資のマイナス成長寄与度の合計を相殺するほど大きくはなかった。
 企業設備投資の伸びが低いのは、この2年間、ゼロ成長であったからだ。純輸出は、ゼロ成長を反映して輸入の伸びがマイナスになったにも拘らず、輸出数量の伸びが低かったため、成長寄与度は小さかった。なお、政府消費支出は、福祉関係を中心に政府が肥大化する傾向の下で、緩やかに伸びた。

【アベノミクスの効果はどこに】
 以上、この2年間、日本経済が成長しなかった原因を見てきたが、13年度から始まった「アベノミクス」の効果は、どこへ行ってしまったのであろうか。この間に、リーマン・ショックや東日本大震災クラスの大きな外生的ショックはなかった。リーマン・ショック後、世界経済の拡大は減速したが、それでも12年から14年は毎年3・5%程度成長している。15年には中国経済の減速もあって、3・2%程度に下がる予測であるが、それによって日本の実質輸出がマイナスになったわけではない。

【円安は企業収益を好転させたが輸出数量の増加には結び付かず】
 アベノミクスの効果は、円安・株高にはっきりと出た。これを反映して、日本の企業は13~15年度に大幅な増益を続け、内部留保は急増している。それにも拘らず、前述の通り設備投資と雇用者報酬の伸びは低い。これは減価償却費や人件費など固定費の増加につながる設備投資とベースアップを企業が抑えているからだ。円安に対する態度にもそれが出ている。円安を利して現地通貨建ての輸出価格を引き下げ、輸出数量を伸ばし、生産設備を拡大するのではなく、円安を利して円建ての輸出価格を引き上げ、採算を好転させることに重点を置いている。

【交易条件好転に伴う好収益は固定費の増加を招く設備投資とベアには結び付かない】
 これらを反映し、この3年間の日本企業の高収益は、「交易条件」(産出価格と投入価格の比率)の好転による面が大きい。円安によって円建価格を引き上げて産出価格の上昇を図り、国際的な原油価格の値下がりなど資源価格の低落で投入価格の下落を享受している。
 しかし、企業経営の観点から見ると、このような「交易条件」の好転は、いつまで続くか分からない。従って、このような価格要因による好収益は、内部留保に溜め込み、他方では長期的な経営圧迫要因になりかねない固定費増加を招くこととなる設備投資やベアを避けているのだ。
 しかし、こうした企業の行動をマクロ的に集計すれば、低い設備投資と輸出数量の伸び、減少する家計消費と住宅投資となり、始めに述べたゼロ成長となるのである。

【中期的経済成長率を高め売上数量の見通しを好転させない限りアベノミクスは失敗】
 価格要因ではなく、売上数量の伸びによる収益好転に企業が自信を持てない間は、このようなゼロ成長が続くであろう。安倍首相が考えている消費増税の延期と秋の補正予算も、財政再建の下では所詮は一時的な需要テコ入れに過ぎないので、企業は固定費が増加する設備投資やベアには慎重な態度を崩さないであろう。真の解決策は、実効のある規制改革・構造改革と女性・高齢者の労働力率引き上げで中期的経済成長率を高め、企業の売上数量の見通しを好転させることである。アベノミクスは口先だけではなく、本当にこれらを実行出来るかどうかに、その成否が懸っている。