マイナス金利政策を積極的に活用せよ(H28.5.12)
―『世界日報』2016年5月12日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【金融界では不評のマイナス金利政策】
 マイナス金利政策の評判が、財界、とくに金融界で芳しくない。これは、2月11日の本欄で指摘したように、マイナス金利政策の副作用の中に、金融機関の収益悪化など金融仲介機能の圧迫があるからで、至極当然の成り行きかも知れない。その上、黒田日銀総裁は、マイナス金利政策の導入について事前に「市場との対話」をせず、国会で「マイナス金利政策は検討していない」と答弁した翌週に突然マイナス金利政策の実施を決めた。これも金融機関の首脳を不快にさせたようだ。

【黒田総裁は「サプライズ」型の政策運営】
 金融政策の公表の仕方には、「サプライズ」型と「対話」型の二つがある。黒田総裁は「量的・質的金融緩和」政策の導入(13年4月)も、その「拡大」(14年10月)も、今回の「マイナス金利」政策の導入(16年1月)も、その公表の仕方は人々の意表をつく「サプライズ」型であった。以前は、金融政策の変更は「サプライズ」である方が効果が大きいという考え方から、公定歩合の変更は当日まで極秘とされた。黒田総裁は、この伝統に立っているのかも知れない。

【FRBやECBは「対話」型の政策運営】
 しかし最近は、各国の金融システムが量的・質的に発展し、それがグローバルにつながっているため、一国の金融政策変更のサプライズが、国際的な金融市場や為替市場全体を動揺させることが少なくない。このような攪乱を避けるため、中央銀行は金融政策の運営に当たって、日頃から「市場との対話」が大切だという考え方が支配的となっている。
 このため米連邦準備制度理事会(FRB)は、量的緩和政策(QE)の導入・拡大や縮小・中止の際、また最近のゼロ金利政策の打ち止め・利上げ開始の際、すべて事前に予告して市場の期待に織り込み、政策変更に伴う内外市場の動揺を避けている。欧州中央銀行(ECB)も、量的緩和政策の追加やマイナス金利政策の導入・拡大の可能性を、事前の政策決定会合のステイトメントや記者会見で予告している。

【「対話」型の方が市場の期待誘導と安定性維持の上で有効】
 先進国の代表的中央銀行の中で、ひとり黒田日銀だけが「市場との対話」を重視せず、政策変更を「サプライズ」として運用している。しかし、市場の期待に働きかける上で、政策を「サプライズ」として打ち出すのと、「市場との対話」で政策意図の透明性を高めるのと、どちらが有効であろうか。
 「必要なら何でもやる」という日銀から何が出て来るか分からず、金融政策決定会合の度に疑心暗鬼に陥る状態よりも、「市場との対話」で日銀の意図が理解できている方が、市場の期待を政策意図の通り動かしやすいのではないか。2月以降の日本の金融市場と為替市場で相場が乱高下し、市場の安定性が損なわれているのも、「サプライズ」型の政策運営に一因があるのではないか。

【学界では金利効果に徹する「マイナス金利」政策の方が「量的緩和」政策より好評】
 ところで、金融界では何かと評判の悪いマイナス金利政策ではあるが、「対話」型でうまく運用して行けば、「量的緩和政策」の「拡大」よりは筋の良い政策だという評価が聞かれるのは学界である。「量的緩和」では長短の名目金利を押し下げ、期待インフレ率を引き上げ、その結果、長短の実質金利を下げて一定の「金利効果」を発揮しているが、反面でいくらマネタリー・ベースを著増させても肝心のマネーストックの増加率はほとんど高まらず、「ポートフォリオ・リバランス効果」は出ていないというのが、学界の多数意見である。

【日本の「マイナス金利」は更に引き下げの余地】
 「金利効果」だけが頼りだとすれば、純粋に金利引き下げを狙う「マイナス金利政策」の方が効果が大きいであろう。ヨーロッパでは、ECBとスウェーデン、デンマーク、スイスの中央銀行が昨年からマイナス金利政策を導入しているが、そのマイナス幅はマイナス0・6~0・75%が一般的であり、極端な場合には、中央銀行が預かる当座預金の金利をマイナス1・25%まで下げることが可能なケースもある(スウェーデン)。従って日本のマイナス0・1%は緒についたばかりで、まだまだ引き下げの余地がある。

【限界が見えている「量的緩和」を縮小し「マイナス金利」を拡大せよ】
 これに対して「量的緩和」は、日銀の国債保有が発行残高の3割を超え、さらに年間80兆円(新規発行国債の2・3倍)の勢いで買い続けることを考えると、もう限界は見えている。その上、「出口政策」の際の長期金利上昇に伴う日銀の膨大な損失リスクもある。
 このように見てくると、マイナス金利幅の拡大と量的緩和の縮小を同時に行い、現在の金利を通じる政策効果を高めながら、将来の市場の不安定化や日銀の損失リスクを小さくするのが、残された最善の道ではないだろうか。量的緩和を縮小しても、マイナス金利政策の金利引き下げ効果は日銀当座預金の限界部分から発生しているので、何の支障もきたさない。

【「成長基盤強化支援」にマイナス金利を活用せよ】
 さらに、民間の「成長基盤強化支援」融資の日銀リファイナンス金利も、現在のゼロ%からマイナスに引き下げ、成長促進に寄与することが考えられる。マイナス金利は「財政ファイナンス」よりも、「成長産業リファイナンス」に役立てる方が、はるかに増しである。