GNIと移民を考えないアベノミクスは「視野狭窄」(H28.4.14)
―『世界日報』2016年4月14日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【世界の中の日本を見よ】
 昨年10月に打ち出されたアベノミクスの第2弾では、2020年頃に名目GDPを600兆円にすることを目標に掲げ、これを実現する重要な対策として、女性と高齢者の労働力率を高めることを挙げている。
 成長率を高めるためには、労働力率の引き上げは確かに大切である。しかし、これからの日本は、国内だけではなく、「世界の中の日本」を見て経済戦略を考えなければいけないのではないか。例えば先進国の中で日本だけが移民を計画的に受け入れていないが、アベノミクスはこれをどう考えているのか。日本は移民を計画的に受け入れることを考えずに、日本人の労働力率を引き上げることのみにこれまでは力を入れてきたが、それで十分な成果が挙がらず、就業者数が減少して先進国の中で最低の成長率に落ち込んでいるのが現状である。

【女性と高齢者の労働率引き上げの効果は一時的、移民受け入れの効果は永続的】

 日本は島国で、ユニークな文化と社会習慣を持っているので、移民を受け入れられないし、受け入れるべきではないと、今でも本気で考えているであろうか。元を正せば、日本民族は、大陸系、南方系、北方系などの移住民の混血である。
 移民を計画的に受け入れることは、勿論、大変な決断と覚悟がいる。ある程度の社会的摩擦は避けられない。それでも日本経済を中長期的に立ち直らせるためには、移民の受け入れは決定的に重要だということを理解しなければならない。
 安倍首相は、15年9月、米国での記者会見で、シリア難民に関連して質問を受けた時、「移民の前に、女性と高齢者だ」と答えたと伝えられる。女性と高齢者の労働力率を高めることは、勿論大切な対策である。しかし、それによる就業者数の増加は、一時的である。より根本的、永続的な対策は、移民以外にないという冷厳な事実に、安倍首相はまったく気付いていないようだ(1月14日の本欄参照)。

【移民受け入れは「ゲスト・ワーカー型プログラム」からスタートせよ】
 現行の外国人研修制度は、アジア諸国の「人づくり」を目的とした国際協力の制度であり、3年間日本の現場で技術・技能を身につけた後母国に帰すこととしているが、実際は日本で働き続けたい人の失踪が増えている。手始めとして、まずは日本に来る外国人に永住権や国籍を与えず、特定の職業に就かせる「ゲスト・ワーカー型プログラム」を大規模に始めてはどうだろうか。その上で、徐々に希望者の中から選考して、日本の国籍を与える計画的移民受け入れの制度にしていくのである。

【海外で稼いだ所得も日本の国民所得】
 アベノミクスが「世界の中の日本」を見ていないもう一つの点は、「国内」総生産(GDP)を経済政策の最終目標と考えていることだ。しかし、日本国民の生活を支えているマクロ経済的基盤は、GDPのみではない。日本の個人と企業は、海外の証券や生産・営業拠点にも投資(M&Aを含む)して収益を挙げている。勿論外国人も、日本の証券や日本国内の生産・営業拠点に投資して収益を得ている。これらの対外証券投資や対外直接投資からの受取所得と、外国人の対内証券・直接投資に対する支払所得の差額、すなわち「所得収支」も、日本人の生活を支える「国民所得」を形成している。

【GDPに所得収支と交易条件を加えたのがGNI】
 従って、名目ベースで言えば、「名目GDP」にこの名目「所得収支」を加えた名目「国民総所得(GNI)」こそが、日本国民の「総所得」として、国民の生活を支えているのである。
 更に実質ベースで言えば、日本が海外に売った商品・サービスの価格と、日本が海外から買った商品・サービスの価格の比率である「交易条件」も、日本の実質所得を変化させる。従って、実質GDPに、実質所得収支のほか、この交易条件を加えた値、すなわち実質GNIが、日本国民の実質ベースの生活水準を支えているのである。

【GNI成長率の方がGDP成長率より高い】
 この実質GDPと実質GNIは14年第3四半期までは上になり、下になりして同じように動いていたが、14年第4四半期から15年第4四半期までの最近5四半期間は、実質GNIの増加率が実質GDPの増加率を上回っている。15年の平均成長率も、実質GDPは僅かプラス0・5%であったが、実質GNIはプラス2・5%である。実質GNI成長率が実質GDP成長率を大きく上回った理由は、所得収支の黒字拡大と交易条件の好転である。

【政策目標をGDPからGNIに切り替えよ】
 これが日本のマクロ経済の本当の実力、日本国民の生活基盤の本当の姿である。それにも拘らず、長期の政策目標にGDPを挙げているアベノミクスは、「視野狭窄」ではないだろうか。15年10~12月期の季節調整済み年率換算で、名目GDPは499・8兆円にすぎないが、名目GNIは既に524・9兆円に達している。
 アベノミクスは、名目GNIに目標を切り替え、日本よりも成長率が高く、投資機会も多い海外諸国に日本企業がもっと進出し、大いに活躍することが出来るように支援することに一層力を入れるべきであろう。