マイナス金利の影響を考える(H28.2.11)
―『世界日報』2016年2月11日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【2月16日から実施されるマイナス金利政策の内容】
 日本銀行は、1月29日にマイナス金利の導入を決めた。具体的には、各金融機関の日銀当座預金残高のうち、①金融機関が積み上げた既往の残高(約210兆円)には従来通りプラス0・1%の金利、②○イ所要準備額に相当する残高、○ロ金融機関が、貸出支援基金などにより資金供給を受けている場合は、その金額に対応する残高、○ハ日本銀行当座預金がマクロ的に増加することを勘案して加算する金額、の三つの合計(当初は約40兆円)にはゼロ%金利、③上記の①と②を上回る残高(当初は約10兆円、以後3か月に20兆円ずつ増加)にはマイナス0・1%の金利、を2016年2月16日から適用することとした。従来の「量的・質的金融緩和」はそのまま続けることとし、以後は「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」と称する。

【マイナス金利の二つの拡張的効果】
 「マイナス金利」政策は、既にヨーロッパで、ECBやスイス、スエーデン、デンマークの中央銀行が導入しているが、その政策効果や副作用についてはまだ定説がない。
 マイナス金利政策の拡張的政策効果は、主として二つのルートが想定されており、一つは、市場金利低下の総需要拡大効果、もう一つは、金融機関が懲罰金を嫌って資金を貸出や投資に向ける効果である。
 金利低下については、これによってイールド・カーブ(利回り曲線)の起点が下がり、長短金利全体の低下が期待されると日銀は説明しているが、実際には心理的な影響などから長期金利も予想外に下がっている。

【金利低下の総需要刺激は限定的】
 既に3年間続いた「量的質的金融緩和」によって、期待インフレ率が上昇し、名目金利が押し下げられ、実質イールド・カーブは短期でマイナス2%弱、10年超の長期でマイナス1%弱まで下がっており、それが一層低下すると見られるものの、期待成長率の低下と内外リスクの拡大によって支出の金利弾力性が低下している現状においては、どれ程の総需要拡張効果があるのか疑問なしとしない。

【マイナス金利政策は金融機関収益とトレイド・オフの関係】
 次に、金融機関がマイナス0・1%の懲罰金利を嫌って、資金を貸出に回す効果であるが、現在、「流動性の罠」に陥っているほど貸出の機会が乏しい時に、マイナス0・1%のコストを嫌って貸出を拡張するような行動に出るであろうか。そのような行動は貸倒れリスクが極めて高い。
 しかし、そうだからと言って、何もしないで懲罰金利を払い続けると、収益は悪化する。マイナス金利政策と金融機関収益はトレード・オフの関係にあり、強力なマイナス金利政策は大幅な金融機関収益の圧迫になる。

【マイナス金利政策は長期国債買入政策の持続性と国債市場の安定性を損なう】
 マイナス金利政策には、金融機関収益の圧迫のほか、無視できない副作用がある。
 第一は、マイナス金利政策と量的緩和政策の矛盾である。民間金融機関は、日銀に国債を売った代金を日銀当座預金に預けるとペナルティーがかかるのであるから、国債を日銀に売りたくないという動機が当然働く。日銀がどうしても年間80兆円の国債を買い続けるためには、国債を高い値で買う以外にない。これは国債金利の低下であるから狙った政策効果であるとしても、長期国債買入政策と国債市場の安定性を損ない、またオーバー・パーで買い続ける日銀の損失は大きくなる。

【量的緩和政策の手詰まりの懸念】
 第二に、マイナス金利政策の導入自体が量的緩和政策の限界を日銀が認めた証拠と見られ、量的緩和政策の持続性に疑問が持たれることになろう。そうなると、金融緩和政策は早晩手詰まりになるという予測が生まれ、システミック・リスクが高まる恐れがある。

【金融仲介機能低下の懸念】
 第三に、金融機関はペナルティーを払う資金が増えるのを嫌って預金集めを控えようとし(あるいは預金にマイナス金利のペナルティーを掛け)、またペナルティーを払うのを嫌って貸出を拡張するのもリスキーなので、結局金融仲介機能が低下して経済成長に悪影響が及ぶ懸念がある。この影響は、とくに資本市場で資金調達の出来ない中小企業に対して大きい。

【円安・株高は一時的反応に終わり、むしろ円高・株安が進行】
 市場では、マイナス金利政策が金融機関収益を圧迫することは、直ちに理解出来たので最初は銀行株が暴落し、株価全体も大きく下がった。ところが、これは追加金融緩和だと分かると、銀行株を残して暴騰し、円安・株高で週末を迎えた。しかし、週が明けて2月に入ると、マイナス金利政策の副作用が未知数で効果が疑問視されることが理解されるにつれて、円安と株高は元に戻り、むしろ一層の円高・株安となっている。

【2%インフレ達成のために無理な政策を採るべきではない】
 日本銀行は2%のインフレ目標を達成するまでは、あらゆる手をつくすという姿勢を示すことに最大の狙いがあったのであろう。しかし、2%は、日本における物価安定時の消費者物価指数のインフレ率としては高過ぎる。かつて長い間日本銀行が主張していたように、1%強であれば、生鮮食品とエネルギーを除く消費者物価指数で既に実現している。いま2%の目標実現にこだわって焦ることはない。無理をすれば、副作用が大きくなるだけであろう。