2016年の日本経済:需給ギャップの引き締まりから物価の緩やかな上昇基調が続き「出口政策」が話題となる可能性も(H27.12.15)
―『世界日報』2015年12月15日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【種類によってまちまちの動きをする消費者物価指数】
 最近、日本の消費者物価指数が、種類によってまちまちの動きをしているため、新聞紙上などで物価の基調判断がやや混乱し、それが金融政策の評価にも影響しているように見受けられる。
 例えば、最新の本年10月の指数の前年比を見ると、全国消費者の「総合指数」はプラス0・3%、「生鮮食品を除く総合指数」はマイナス0・1%、そこから「更にエネルギーを除いた総合指数」はプラス1・2%、家計消費や賃金の名目値から実質値を産出する時に使う「持ち家の帰属家賃を除く総合指数」はプラス0・3%という具合である。素人は、どれが物価の基調を示す数字か分からなくなるのも無理はない。

【一時的変動の大きい特定品目を除いた方が基調が分かり易い】
 長期間の物価の基調を判定するには、総合指数を見るのが正しいに決まっている。しかし短期的には、一時的変動が大きい特定品目を除いた総合指数を見た方が、特定品目の変動に攪乱されない総合指数の基調を判断する上で、適切なのである。例えば、生鮮食品は天候などの一時的要因で大きく変動するし、一般に食料品は独特の一時的要因で大きく変動することが少なくない。エネルギーも、国際原油市況の変動に左右される。

【デフレに逆戻りかと間違えた一部の論調】
 最近の例で言うと、9月には総合指数の前年比がゼロ%となり、生鮮食品を除く総合指数に至っては、前年比マイナス0・1%となったため、「デフレに逆戻り」と一部で騒がれ、市場や新聞論調の一部は、10月30日の日本銀行の金融政策決定会合で、追加金融緩和の第3弾が打ち出される可能性が高いと見ていた。

【日銀は物価の上昇基調は着実に高まっていると見る】
 しかし、最近の日本銀行は物価の基調判断に当たって、生鮮食品を除く総合指数だけに頼らず、「生鮮食品とエネルギーを除く総合指数」のほか、「最頻値」、「加重中央値」、「刈込平均値」など一時的攪乱要因や異常値による歪みの影響を除く統計的処理を行って指数を見ている(詳しくは「消費者物価コア指数とその特性――景気変動との関係を中心に」日銀レビュー2015―J―11を参照されたい)。その結果、「経済・物価情勢の展望」(2015年10月)では、「物価の基調が着実に高まり、原油価格下落の影響が剥落するに伴って、“物価安定の目標”である2%に向けて上昇率を高めていくと考えられる」として、追加金融緩和を行わなかった。

【日銀は「除く生鮮食品・エネルギー」を重視】
 恐らく日本銀行は「生鮮食品とエネルギーを除く総合指数」の前年比が、年初1月のプラス0・4%から月を追ってジリジリ上昇率を高め、8月には1%を超え、10月現在プラス1・2%に達していることを最も重視しているのであろう。前掲の「日銀レビュー」によると、様々の加工指数のうち、この指数が、GDPベースの需給ギャップのような景気変動指標との相関が最も高いと言う。

【明年は実質個人消費と実質設備投資が成長を支える】
 明年の経済を展望すると、労働需給の引き締まりから名目賃金の上昇が続き、本年7月から前年を上回り始めた実質賃金は、消費増税に伴う消費者物価の急騰がないので、前年を上回り続けると見られ、実質家計消費もプラスを維持しよう。住宅投資も、現在の高水準を続けよう。
 実質設備投資は、リーマン・ショックの08年以来停滞気味に推移し、未だに07年の水準を下回っているが、需給ギャップの縮小に見られるように設備ストックの過剰は解消してきたので、円安に支えられた企業の高収益が続けば、ビンティジの長い設備の更新需要を中心に上昇基調を維持する可能性がある。ただし、低い期待成長率や内外経済のリスクから、能力拡張投資は抑制的であろう。

【輸出と政府支出もプラスか】
 ユーロ圏や中国など海外経済の攪乱要因は今後とも注意深く見て行く必要はあるが、12月中にも予想される米国の利上げ先行などから円安水準が維持される限り、輸出数量も伸び続けるであろう。
 政府支出は、経常支出は拡張すると見られるが、財政再建の下、公共投資は頭打ちとなるであろう。

【明年は需給ギャップが徐々に引き締まり物価に上昇圧力が懸り続けよう】
 以上を総括すると、明年は潜在成長率の0・5%程度を上回る1%台の成長が続き、需給ギャップは年間を通じて引き締まり、消費者物価の基調には、上昇圧力がかかり続けるであろう。サウジアラビアの態度などから見て、国際原油市況は下げ止まることはあっても、上昇に転じる可能性は低いので、エネルギーを含む消費者物価が急騰し、実質家計消費がマイナスに転じ、実質成長率が低下する可能性は低いのではないだろうか。

【明年は「出口政策」が話題になる可能性】
 日本銀行が注視している「生鮮食品とエネルギーを除く総合指数」は、需給ギャップの縮小を反映して2%のインフレ目標に近づいてくる可能性がある。従って来年は、日本銀行が国債買入額の削減など「量的質的金融緩和」からの「出口政策」を検討し始めるかどうかが、政策の焦点になる可能性がある。
 ただし、17年4月から始まる消費増税の影響を心配して、企業マインドが委縮するようなことが起こってくれば、話は変わってこよう。