アベノミクスは大丈夫か(H27.11.12)
―『世界日報』2015年11月12日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【政策の道筋が不明な新3本の矢】
先月発足した安倍改造内閣は、アベノミクスの「新3本の矢」を揚げ、「一億総活躍」大臣を任命し、「一億総活躍」国民会議を発足させた。
新3本の矢は、①2020年頃に名目GDP600兆円、②20年代半ばに希望出生率1・8%、③20年代初期に介護離職ゼロ、の三つである。
これは三つとも望ましい政策「目標」であって、当初の3本の矢のような政策「手段」ではない。「的」(目標)と「矢」(手段)を間違えている。16年の参議院選挙のスローガンには使えるかも知れないが、「一億」の国民が「総活躍」して実現すると言われても、その道筋は分からない。
【旧3本の矢の第3成長戦略こそ新3本の矢の基盤】
新3本の矢は、旧3本の矢の「成長戦略」を有効に実施することによってのみ実現する筋合いにあるが、それにしても本当にあと5年程の短期間に実現できると本気で考えているのであろうか。安倍首相は記者会見で「最初から設計図があるような簡単な話ではない」と言い放ったが、地に足の着いていない危ういアベノミクスを見る思いがする。
【どうやって出生率1.8%と介護離職ゼロを実現するのか】
経済成長率を高め、600兆円のGDP(新第1の矢)を実現するためには、生産性の向上と並んで、就業者数を増やすことが大切である。子育て支援を強化して出生率を1・8%に引き上げることも(新第2の矢)、社会保障を充実して介護離職者をゼロにすることも(新第3の矢)、労働力率の引き上げに結び付けば就業者数を増やし、成長率を高めることに貢献するであろう。
しかし、子育て支援の強化も社会保障の充実も、これまでさんざん議論し、試行して、実効が十分に挙がらなかったことである。今度はどんな新しい手を打って効果を挙げるというのか、それをはっきりさせなければ、アベノミクスは信用されない。
【生産性向上対策が欠落する新3本の矢】
経済成長率の引き上げには、就業者数の増加と並んで、生産性向上のテンポを高めることが極めて大切である。新3本の矢には、何故生産性向上対策が入っていないのか。これまでの成長戦略を始めとする3本の矢で十分手を打ったと言うのであれば、アベノミクスはあまりにも安易である。
【旧第1の矢が力不足】
そこで安倍政権に代わり、当初の3本の矢の成果を、現時点で総括してみよう。
第1の矢の大胆な金融緩和は、黒田日銀総裁の量的質的金融緩和の第1弾、第2弾として実行に移され、円安と株高が進み、企業収益は好転したが、総需要の拡大を通じて2%の消費者物価上昇率を2年程度で定着させる力はなかった。前回10月15日の本欄で指摘したように、追加緩和をしても難しいであろう。日本では、物価安定に対応した消費者物価の上昇率は1%強程度であり、2%のインフレ目標はもともと高過ぎるのである。
その上、生産年齢人口減少に伴う期待成長率の低下や海外経済の各種のリスク(中国経済の減速、ギリシャ問題など)の下で、国内の支出の金利弾力性は低下しており、名目金利押し下げと期待インフレ率押し上げによって実質金利を1~2%低下させてみても、総需要はあまり拡大しない。目下の日本経済では、金融緩和だけで成長率を高めることは困難である。
【旧第2の矢は逆噴射】
第2の矢の財政出動は、実質公共投資が当初の13年度には大きく伸びたが、その後は頭打ちとなり、今後は緩やかな減少傾向を辿ろうとしている。その上、14年4月から消費増税を実施したため、それ以降実質家計消費は前年を下まわっており、14暦年と15年上期の1年半の実質GDPの平均も、前年を上回っていない。第2の矢の財政出動は、第1の矢の金融緩和を支援するどころか、逆噴射して反対方向に飛んでいる。もともと財政再建という中期的課題がある中で、財政出動を第2の矢に掲げたこと自体が、始めから無理な話であった。
【旧第3の矢の評価はこれから】
第3の矢の成長戦略は適切な問題提起であるが、これまで歴代政権が口にしながらなかなか実行できなかったことで、要は安倍政権なら本当に実現できるのかという話である。規制改革にせよ、構造改革にせよ、もともと時間のかかる政策であり、まだ実質経済成長率を押し上げるような成果は、これと言って挙げていない。しかし将来を展望すると、大筋合意に達したTPP(環太平洋経済連携協定)が本当に発効すれば、農業関係の岩盤規制の一部が突き崩されることなどによって、これまで動かなかった構造改革の一部が動き始めるかも知れない。いずれにしても、第3の矢の評価はこれからである。
【危ういアベノミクス】
以上、安倍政権の当初の3本の矢は、第1の金融緩和だけが頑張っているが、それには限界があり、将来の出口政策のリスクを高めているという不安もある。第2の矢の財政出動は逆噴射しているので問題外だ。あとは第3の成長戦略が、新3本の矢を実現するような政策手段を実際に打ち出し、実効を挙げることができるかどうかに、アベノミクスの成否が懸っているが、大丈夫だろうか。