追加金融緩和はするな(H27.10.15)
―『世界日報』2015年10月15日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【追加金融緩和を期待する市場の一部の声は認識不足】
 8月の生鮮食品を除く全国消費者物価(コアCPI)は、前年比マイナス0・1%となった。コアCPIが前年を下回るのは、異次元金融緩和が始まった13年4月の前年比マイナス0・4%以来、実に28カ月ぶりである。このため市場の一部には、追加金融緩和(量的質的金融緩和の第3弾)を期待する声も出始めている。
 しかし日本銀行は、10月7日の金融政策決定会合において、昨年10月に決めた金融市場調整方針(量的質的金融緩和の第2弾)の継続を決めた。私はこの方針は妥当であり、追加緩和を期待する市場の一部の声は、認識不足であると考える。逆に言えば、もし日本銀行が近い将来追加緩和を決定すれば、私は強く反対したいと思う。

【生鮮食品とエネルギーを除いたCPIは前年比+1.1%だ】
 物価指数というものは、振れの激しい一部の価格の変動によって趨勢が攪乱されることが多いので、振れの激しい価格を除いて趨勢を判断する。生鮮食品を除いたコアCPIで趨勢を判断するのは、その一例である。
 しかし、国際原油市況の変動も大きく、最近は激しく下落しているので、エネルギー価格が大幅に値下がりし、コアCPIが下がっている。そこで、生鮮食品に加え、エネルギー価格も除いた全国消費者物価(コアコアCPI)を見ると、13年6月以来、一貫して前年を上回っており、特に最近は前年比上昇率が少しずつ高まって、8月にはプラス1・1%となっている。このようなコアコアCPIの動きの方が、消費者物価の趨勢を適確に現わしていると判断できるので、たとえ8月のコアCPIの前年比がマイナスになったからといって、デフレに逆戻りする兆候だなどと言って慌てることはないのである。

【2%のインフレ目標は高過ぎる】
 追加金融緩和に反対する理由はほかにもあり、こちらの方がより根本的な反対理由と言えよう。一つは2%のインフレ目標が高過ぎること、もう一つは量的質的金融緩和の総需要拡大効果は、追加してみても、さほど大きなものではなく、むしろ将来のリスクが膨らむばかりで危険だということだ。
 コアコアCPIの前年比を35年間遡ってみると、2%を継続的に超えた時期は、過剰流動性インフレ収束期の83~84年頃とバブル末期の91年前後だけである。黒田日銀総裁の就任以前に日本銀行が公式に言っていたように、「2%以下のプラスの領域で当面は1%を目途」とするのが、正しい物価安定の姿であろう。そうだとすれば、8月のコアコアCPIの前年比プラス1・1%はその領域に入っており、これが安定的に継続すれば物価安定、デフレ脱却と判定してよい筈だ。

【追加金融緩和の効果は薄い】
 また、追加緩和をしても、その効果はそれ程大きくない。ベースマネーをいくら増加しても、日銀当座預金に溜まるだけで、銀行貸出を刺激し、マネーストックの増加率を高めるポートフォリオ・リバランス効果(古い用語で言えば、ナイーブな通貨数量説の「現金残高効果」)はほとんど認められない。このことは、2年半の経験から明らかである。
 名目金利を下げ、予想インフレ率を高め、それによって実質金利を低下させる効果は、短期金利で2%弱、長期金利で1%程度あったという実証結果が報告されている。しかしこの程度の実質金利低下で生じる総需要の拡大が、需給ギャップを大きく縮小させ、コアコアCPIの上昇率を2%超に押し上げるという推計結果は、どこからも報告されていない。物価上昇率を押し上げる効果は、せいぜい1%前後である。

【「流動性の罠」の下、支出の金利弾力性は低い】
 これは、「流動性の罠」に陥っている今日の日本経済では、支出の金利弾力性(1%の金利低下が何%の支出増加を招くか)が著しく低下しているからである。少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少も続くため、今後も期待成長率は低く、また中国経済の減速、EUのギリシャ問題など世界経済のリスクは大きいため、支出決定に際しての金利の影響力が相対的に低下しているのである。

【追加金融緩和は将来の金利上昇時のシステム・リスクを一層大きくする】
 追加金融緩和の効果は、このように小さいと考えられる反面、将来金融システムの動揺を招くリスクは、極めて大きくなる。
 14年10月の追加金融緩和(異次元金融緩和第2弾)の結果、本年6月末現在、日本銀行の保有資産残高は、362兆円(14年度名目GDPの73%)に達しており、FRBやECBの保有資産対GDP比率の3倍に近い。このうち長期国債は245兆円(同50%)ある。同じ時点で、長期国債は預金取り扱い金融機関のポートフォリオに260兆円(同53%)ある。大銀行は保有国債の残存期間を極力短期化し、万一長期金利が上昇した時の損失を最小限に抑えようとしているが、資金運用難の地方銀行など中小金融機関が大量の長期国債を保有したままである。
 異常な低金利時代が終わり、金利が上昇し始めた時の長期国債の評価損、それに伴う金融システム危機のリスクを考えると、追加金融緩和は将来に大きな禍根を残すだろう。