2%のインフレ目標は高すぎる―追加緩和はすべきでない(H27.9.13)
―『世界日報』2015年9月13日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【原油市況下落の影響を除いてもCPI上昇率は低い】
 7月の全国消費者物価(以下CPI)は、前年比プラス0・2%、価格変動の大きい生鮮食品を除いたコアCPIは、同0・0%とほとんど上昇が止まっている。これには、世界的な原油市況の下落が響いているので、生鮮食品だけではなく、エネルギーも除いたコアコアCPIを見ると、7月は前年比プラス0・7%である。CPIの上昇率よりは高いが、安倍政権の強い要請の下で日本銀行が目指している2%のインフレ目標から見ると、低い。

【消費増税の影響を除いたCPI上昇率は一貫してゼロ%台】
 去年の4月から今年の3月までのCPI上昇率には、消費税率の3%ポイント引き上げの影響が含まれているので、前年比は2%台で推移していた。しかし、実は消費増税の影響を除くと、コアコアCPIの前年比は、「量的・質的金融緩和」が打ち出された13年4月の後、8月にマイナスからゼロ、10月にゼロからプラスとなり、その後今日までの22カ月間、プラスのゼロ%台で推移している。つまり、価格変動の大きい生鮮食品とエネルギーを除いたCPIの上昇率の趨勢は、異次元金融緩和の下で、一貫してゼロ%台なのである。

【追加緩和をしてはならない】
 それでは黒田東彦日本銀行総裁は、2%の目標を実現するため、「量的・質的緩和」の第3弾を打ち出して、追加緩和を実施するべきであろうか。
 私は、追加緩和をしてはならないと考える。

【ラスパイレス算式の物価指数には上方バイアスがある】
 そもそも2%のインフレ率は、今後日本経済が持続的に成長していく上で、必須の条件ではないからだ。一般に物価指数は基準時から遠ざかるにつれて、値上がり品目のウェイトが下がり、値下がり品目のウェイトが上がる傾向があるが、消費者物価指数は、基準時のウェイトを固定して算出するラスパイレス方式なので、この傾向を反映することが出来ず、その時点の正しいウェイトを使って計算した指数よりも高くなる傾向がある。このため、ラスパイレス算式の物価指数は、若干上昇している時が、「物価の横這い=真の物価安定」の姿に対応している。

【上方バイアスは2%より低い筈】
 しかし、日本の場合、その上振れ幅が2%であるということを、誰が証明したのか。安倍内閣が登場する以前は、日本銀行自身、「中期的な物価安定の目途」として、「消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域、当面は1%前後を目途とする」と言っていた。

【過去の2%台はバブル期だけ】
 イレギュラーな個別価格の変動で攪乱されることの少ないコアコアCPI(消費増税調整済み)の前年比上昇率を遡って見ていくと、今日までの30年間、2%に達したのは地価、株価のバブルに沸いた最終局面の89~92年だけである。戦後最長の「いざなみ景気」(02年2月~08年2月の73カ月)の末期、GDP需給ギャップが需要超過となった05年9月~08年6月にも、コアコアCPIの前年比は1・2%がピークであった。

【量的・質的緩和は緩やかなインフレを志向しているのか】
 このことから判断して、「真の物価が横這い」の時のコアコアCPIの前年比は、1%前後ではないかと判断される。それを、無理矢理2%に持っていこうとする「量的・質的金融緩和」は、緩やかなインフレを志向しているのであろうか。

【インフレはデフレと同じように生産性の上昇を阻害する】
 しかし、たとえマイルドであっても、物価の持続的上昇(インフレ)は、物価の持続的下落(デフレ)と同じように、生産性の上昇を阻害し、潜在成長率を引き下げる。市場経済で資源の最適配分のシグナルとなる個別価格の変動が、価格体系の変化を反映したものなのか、物価水準の変動を反映したものなのか、識別が難しくなるからである。このため中期計画が狂い、最適配分から乖離する。

【企業にとってもインフレは有利ではない】
 企業はインフレで販売価格が上昇してくる時は収益が好転するように見えるが、インフレが原材料や投資のコスト、賃金に波及してくると収益は圧迫され、元の木阿弥になる。インフレで企業が儲かることはない。

【どの部門にも物価安定は最善】
 所得再分配の効果を見ると、ストック・ベースで資産超過の家計にとってはデフレが有利、負債超過の政府と企業にとってはインフレが有利である。しかしデフレで不利となる政府が財政再建策を採り、企業が賃下げや雇用削減を図ると家計にも不利になるので、デフレが家計に有利な訳ではない。同じようにインフレで収奪される家計が勤労意欲を失い、また反政府の政治行動をとれば、政府や企業にも不利になるので、インフレが政府や企業に有利ともいえない。要するに、どの部門にとっても、物価安定が最善なのである。

【2%のインフレ目標を下方修正すべき局面に来ている】
 日本人は、デフレが経済の持続的成長を阻害することを十分に学んだが、だからと言ってインフレが経済の持続的成長をもたらす訳ではない。とくに今回は、GDPの2倍を超える超低金利の国債を日本銀行と民間金融機関が大量に保有しているので、インフレで金利が上昇、国債が減価した時のシステミック・リスクは極めて大きい。金融システムの安定を維持し、持続的成長を目指す政策フレームの観点から見て、2%のインフレ率を実現しようという政策姿勢は危険であり、修正すべき局面に来ているのではないだろうか。