世界的な成長率低下の傾向(H27.5.12)
―『世界日報』2015年5月12日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【日本は平成金融恐慌の97年以降低成長】
 日本経済は、1980年代までは、先進国中最高の成長率を誇っていたが、バブルの崩壊とそれに続く金融危機で、97年以降2012年まで、低成長とデフレ(持続的物価の下落)に悩む「失われた15年」となった。現在も成長率は低く、最終的にデフレから脱却できたのかどうかは、まだ分からない。

【デフレの原因は潜在成長率の低下か金融緩和の不足か】
 この低成長とデフレの原因について、大胆な量的金融緩和を行わなかったことによる需要不足が原因だと考える「リフレ派」(黒田東彦日銀総裁、浜田宏一内閣参与など)と、生産年齢人口の減少などによる潜在成長率の低下が原因だとする前日銀執行部(白川方明前日銀総裁など)との考え方が対立している。浜田参与は、著書『アメリカは日本経済の復活を知っている』の中で、口を極めて白川前総裁の考え方を批判している。生産年齢人口が減少して供給能力の伸びが落ちれば、供給不足でインフレになる筈であり、デフレの原因ではあり得ないと言うのである。

【IMFは生産年齢人口の増加率低下が成長低下、インフレ率低下、金利低下の原因と指摘】
 しかし、最近日本だけではなく、世界中で少子高齢化による生産年齢人口の伸び率低下が起き、成長率低下、インフレ率低下、金利低下の原因だと指摘されている。
 例えば、先月公表されたIMF(国際通貨基金)の世界経済見通しによると、先進国の潜在成長率は2008~14年の平均約1・3%から15~20年には1・6%に上昇する見込みであるが、これは世界金融危機(リーマン・ショック)以前の2・25%に比べれば、かなり低い。また新興国の潜在成長率は、08~14年の平均約6・5%から15~20年には更に低下し、5・2%になる見込みである。金融危機以前には約7%であった。

【先進国、新興国に共通した潜在成長率低下要因は労働投入量の伸び率鈍化】
 潜在成長率は、労働投入量、資本投入量、および全要素生産性上昇率の三つで決まる。先進国の場合、金融危機後の08~14年の潜在成長率低下は、危機に伴う資本の伸び率鈍化、情報通信技術の発展による生産性の高い伸び率の一巡、労働投入量の鈍化によるものであったが、始めの二つの要素は、今後やや回復する見込みである。これに対して、新興国の潜在成長率が金融危機後から将来に向かって一貫して低下して行くのは、技術導入の一巡に伴う生産性上昇率の鈍化と労働投入量の増加率鈍化によるところが大きい。従って、先進国と新興国に共通した潜在成長率の趨勢的低下要因は、労働投入量の鈍化である。

【多くの専門家も07年の世界金融危機以降の潜在成長率低下、金利の低下、デフレ傾向を指摘】
 このIMFの世界経済見通しを待つまでもなく、実は多くの専門家が、世界金融危機後の世界経済の潜在成長率の鈍化、金利の低下(自然利子率の低下)、デフレ傾向などを指摘している。有名なところでは、R・サーマーズ(元米国財務長官)の米国経済長期停滞論=自然利子率低下説がある。日本では西村清彦東京大学経済学部長(前日本銀行副総裁)の「世界経済の三つの地殻変動」論が有名である。これらに共通している議論は、現在の世界的な経済成長率の鈍化、それに伴うデフレの危機と低金利の一般化は、一時的な現象ではなく、構造的な現象であり、今後、長期にわたって続くであろうという指摘である。

【共通する原因の第1は、生産年齢人口の比率低下による人口「オーナス」】
 その原因として挙げられていることを大きく整理してみると、次の三つになる。
 第一は人口問題だ。戦後のベビーブームや幼児死亡率の低下、平均寿命の劇的な上昇などによって、人口全体に占める生産年齢人口の比率が世界中で高まった。これは、人口の増加率以上に生産年齢人口の増加率が高まる「ボーナス」で、世界経済の成長率を高めた。しかし、この比率は2010年前後にピークを迎え、以後は少子高齢化で生産年齢人口の増加が人口全体の増加率を下回る「オーナス」が始まった。日本はその最先端を走っているが、他の先進国や、ブラジル、タイ、中国、韓国などでも始まっている。人口「オーナス」による潜在成長率の低下が、将来についての悲観的な見方を強め、需要面から一層の成長率低下を促してデフレ傾向を強めている。

【原因の第2は金融仲介機能の低下、第3は中間層の没落】
 第二の共通要因は、金融危機後、金融機関が過度に慎重になってリスクを取らなくなり、金融仲介機能が低下しているため、新規の企業が難しくなっていることだ。
 第三に、情報通信技術の発達により、プログラミング化が可能な労働がどんどん安価なコンピューターに置き換えられ、正規雇用の「中熟練」労働者が没落し、コンピューターに置き換えることの出来ない一部の高能力労働者と、安価な「低熟練」労働者に分解されていることだ。正規雇用の一部の高所得層と、非正規の低所得層の分解は、中産階級の没落を生み、多数の人々の生活する意欲を奪っていると言われる。

【日本は最初に人口「オーナス」を抜け出す筈】
 以上の三要因は、日本経済のみならず、世界経済の将来に希望を失わせるように見える。しかし、一つだけ楽観的な事を言うと、今の子供達が働き盛りとなる頃、日本は真っ先に人口「オーナス」を抜け出し、再び「ボーナス」の時代を迎える筈である。それまでの「ツナギ」が大切だということになる。