異次元金融緩和を巡る野口教授と浜田教授の対決(H27.4.14)
―『世界日報』2015年4月14日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【正反対の主張をしている野口悠紀雄著『金融政策の死』と浜田宏一ほか著『世界が日本経済をうらやむ日』】
最近、異次元金融緩和の効果を巡って正反対の評価を下す2冊の注目すべき本が出た。野口悠紀雄著「金融政策の死」(日本経済新聞社、2014年12月刊)と浜田宏一・安達誠司著「世界が日本経済をうらやむ日」(幻冬舎、2015年1月刊)である。後者は共著であるが、浜田(以下、人物の敬称略)の一人称で書かれているので、この本は浜田の見解と見てよいであろう。
【銀行貸出・マネーストックがあまり増えない理由で対立】
野口はこの著書の中で、「日銀が国債を大量に買い上げるため、日銀当座預金が増え、マネタリーベースは増えるが、貸出が増えず、マネーストックはほとんど増えていない。金融緩和政策は“空回り”している。多くの人に金融緩和政策で、日本経済が好転しつつあると思わせたという意味で、異次元緩和措置は“ニセ薬”である」としている。
浜田は、景気が回復し始める段階で企業が投資活動を進める場合、自社に蓄えたフリーキャッシュフローを取り崩すところから始め、それが底をつき始めた時に資金を借り入れるので、今は“空回り”のように見えても、いずれは銀行貸出が本格的な増加に転じ、マネーストックは増え始めるという。この浜田の主張は、極めて興味深い指摘であるが、今のところ、広義流動性の中でマネーストックに資金がシフトしている動きは見られない。どの統計を見れば浜田の主張が裏付けられるのであろうか。統計的裏付けがないのが惜しまれる。
【野口はデフレが経済活動を沈滞させるという考えは誤りと主張】
野口が強調しているのは、「デフレが経済活動を沈滞させるという考えは誤り」ということだ。この考えは、名目金利がインフレ率の変化に応じて変化すること(フィッシャー効果)を無視した考えで、インフレ率の変化は名目金利を変化させ、実質金利は不変なので、「いつ支出するか」という決定には影響が及ばないという。
【浜田はデフレ予想やインフレ予想が景気を変動させると主張】
これに対して浜田は、人々が「デフレ予想」や「インフレ予想」を持った時、名目金利がフィッシャー効果で予想インフレ率だけ動き、実質金利は一定であるとは考えていない。「デフレ予想」を持てば、将来の価格は下がると思うので買い控え、「インフレ予想」を持てば将来の価格が上がると思うので買い急ぐという考え方が著書の中で一貫している。
この点は、フィッシャー効果が即時的なら野口が正しいし、遅れがあれば浜田が正しい。現在の日本を見ると、予想インフレ率は大なり小なり上がっている筈なのに、名目金利に上昇の気配はないので、浜田に歩があるように見える。しかし、異次元金融緩和で日本銀行が大量に国債を買い上げているため、国債流通市場に「玉(ギョク)」が不足し、市場の流動性が低下しているためだとすれば、「金融抑圧」「人為的低金利政策」に近い状況ということになるので、望ましいことではない。
【野口は異次元金融緩和は財政ファイナンスが狙いで財政法の脱法行為と指摘】
野口は、政府、日銀がこの政策を実行している真の理由は、財政ファイナンスにあると見て、国債の日銀引受を禁じた財政法第5条の脱法行為だと断じている。
【12年10月中旬から始まった今回の円安の原因で二人は対立】
浜田は、円安による輸出伸長と株高による消費、投資の刺激を強調している。野口は12年10月中旬から始まった今回の円安の流れは、ユーロ危機が一服してリスクオンとなり、国際資金が円から離れたためであり、12年12月に成立した安倍政権の政策の結果ではないと主張している。しかし、この主張には無理があるのではないか。浜田は、リスクオンが理由なら、円と同じ立場のスイス・フランでも同じことが起こる筈なのに、大幅なスイス・フラン安など生じていないと指摘している。
【浜田は株高の投資刺激効果に「トーピンのq」を援用】
株高が異次元金融緩和の影響であることは、野口も否定していないが、その景気刺激効果について、浜田はJ・.トービンの「資産の一般均衡論的アプローチ(エール・アプローチ)」にも言及している。浜田もイエレン(FRB議長)もトービンの愛弟子であることと併せて興味深い。「トービンのq」と言うのは「株式の時価総額」を「実物資産の価値(企業の再取得価格)」で除した(割った)値で、これが1を上回れば新株を発行して設備投資をすれば儲かる理屈になる。日本の株高は「トービンのq」を上昇させ、設備投資を刺激すると浜田は(イエレンも?)考えている。
【野口のインフレと資本逃避の心配は理論的に矛盾】
将来のリスクについて、野口はインフレと資本逃避をもたらす可能性が強く、危険なものだとしているが、銀行貸出もマネーストックも増えず、政策は「空回り」していると強く主張しているのに、何故将来マネーストックが増え始めてインフレと資本逃避を起こすのかそのつながりが見えない。
【浜田の心配は「財政再建至上主義」が「税率」引き上げに狂奔していること】
浜田の心配は財務省を中核とし、財界、言論界に広がる「財政再建至上主義者」が、財政再建の基本は持続的成長を実現して「税収」を増やすことにあることを忘れ(無視し)、「税率」を上げることに狂奔していることである。
野口も浜田も、根本的対策は、日本経済の構造改革にある点では一致している。