2%のインフレ目標に拘るな(H27.1.6)
―『世界日報』2015年1月6日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【15年度は日銀が2%インフレの実現を約束した時期】
 2013年1月22日、日本銀行は政府と共同声明を発表し、その中で「物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で2%とする」と述べ、同年4月4日には、共同声明にある2%の消費者物価上昇率を「2年程度の期間を念頭において、出来るだけ早期に実現する」ため、「量的・質的金融緩和」を導入した。本年4月から始まる15年度は、将にこの2%の消費者物価上昇率を実現する約束の時期である。

【15年度中の2%インフレ実現は怪しくなっている】
 しかし、最新の計数である14年11月の消費者物価(除、生鮮食品)上昇率は、消費増税の影響を除いて、前年比0・7%と10月に続き2か月連続で1%台を割っている。また日本銀行の「経済・物価情勢の展望」(昨年11月1日公表)によると、政策委員会を構成する9名の15年度消費者物価(同)上昇率の見通しは、最低1・1%、最高1・9%で、中央値は1・7%だ。約束の15年度の平均で2%に達しないと認めている。更に、昨年12月調査の「日銀短観」によると、企業の1年後の前年比物価上昇率の見通しは、平均して1・4%である。

【異次元金融緩和の第2弾は何とか2%インフレを実現したいため】
 このように、日銀が約束した15年度中の物価上昇率2%は怪しくなっているが、そのためか、日本銀行は昨年10月31日、「量的・質的金融緩和」の「拡大」と称する異次元金融緩和の第2弾を、人々の意表をついて打ち出した。内容は、マネタリーベースの増加額をこれ迄の年間約60~70兆円から約80兆円に増やすこと、これを実現するために長期国債の年間購入額を約30兆円追加するほか、ETF(指数連動型上場投資信託受益権)とJ―REIT(上場不動産投資信託)の年間購入額をこれまでの3倍に増やすことなどである。果たして、この効果によって総需要の拡大に勢いがつき、需給ギャップが縮小して、15年度中にインフレ率が上昇して2%に達するであろうか。

【黒田日銀が考える効果波及経路】
 マネタリーベースが増えればマネーストックが増え、総需要が一層拡大して物価上昇率が高まるというナイーブな通貨数量説を信じる経済学者は少ない。黒田日銀が考える効果波及経路も、もっと複雑である。2%のインフレ目標に日銀が強くコミットし、マネタリーベースをかつて例を見ない程増やすことによって、人々は今後インフレ率が高まると予想するようになり、その上昇した予想インフレ率をゼロ金利から差し引いた実質金利が低下し、設備・住宅投資が刺激され、株価などの資産価格が上昇して消費を刺激し、円安が進んで輸出数量が伸び、これらが総需要を拡大して需給ギャップを縮小し、現実のインフレ率を高め、雇用・賃金の増加を通じて消費を更に拡大する好循環を生み出し、成長と物価上昇が持続すると主張する。

【効果を弱めた消費増税】
 しかし昨年の現実を見ると、4月の消費増税以降は消費者物価上昇率が3%台となって名目賃金の上昇率を上回り、実質賃金と実質消費は前年水準を下回り、14年度は5年振りにマイナス成長となりそうである。その中で実質設備投資と実質輸出は前年水準を上回っているが、これがどの程度異次元金融緩和によるものかは判定が難しい。設備投資は循環的にも上昇局面にあるし、輸出には米国景気回復の影響があるからだ。

【本年4月以降2年間の持続的成長が実現してもインフレ率は2%に達しない可能性】
 本年4月以降、消費者物価の前年比上昇率から消費増税の影響が消え、この状態が再増税の17年4月まで2年間続く。実質消費はプラスに転じ、実質設備投資と実質輸出と並んで2年間の持続的プラス成長を支えることになればベスト・シナリオである。
 しかし、その場合でもインフレ率が安定的に2%を維持するとは限らない。86年から今年までの30年間の間、消費者物価の年平均上昇率が2%を超えたのは、89年4月の消費税3%導入時の89~91年度、97年4月の消費税率5%への引き上げ時、14年4月の8%への再引き上げ時だけである。消費増税のなかった年は90~91年度だけであるが、これは大型の資産バブルの影響が一挙に表面化した時期である。

【2%インフレに達しなくてもデフレ脱却、持続的成長に確信があれば「出口政策」に向かえ】
 言うまでもないが、金融政策の目標は物価安定を通じる持続的成長である。ウェイトを固定した物価指数は上方バイアスを持つので、若干の物価指数の上昇が真の物価安定に見合っているが、日本の過去の実績から見ると、そのバイアスは2%という程大きくはない。2%インフレが安定的に持続するまで異次元金融緩和を続けるのではなく、たとえ1%台のインフレ率であっても、15年度中にデフレ脱却、持続的成長に確信が持てれば、徐々に「出口政策」に入るべきではないか。

【FRBよりリスクが大きい日本銀行】
 FRB(米連邦準備制度理事会)はまず国債などの資産買入を徐々に縮小してゼロとした後、資産の売り戻しをせず、FRBに預けられた預金の金利引き上げで、今年中にゼロ金利政策からの脱却を図ろうとしている。長期金利の急騰で、FRBと民間金融機関に巨額の評価損が出て、金融システムが動揺することを極度に警戒しているからだ。対GDP比率でFRBの2倍を超える資産を持つ日銀は、このリスクが現在でも米国より大きい。更に大きくなるのを少しでも早く止めるため、15年度中の「出口政策」転換を真剣に検討すべきではないか。