「勝ち逃げ解散」の安倍政権(H26.12.11)
―『世界日報』2014年12月11日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【消費増税延期と年内解散は予測の範囲内】
 私は9月中旬のある会食の卓話で、消費増税の延期は理にかなっているし、年内解散の確率は30%であると述べた。両方とも実現したので少し驚いたが、私にとっては予期せざるサプライズではない。

【景気の現状から見て消費増税の延期は合理的】
 アベノミクスの3本の矢のうち、第1の大胆な金融緩和と第2の財政出動は、共に短期の需要喚起策であり、第3の成長戦略は長期の成長路線押し上げ策である。消費増税は、財政、とくに社会保障制度のサスティナビリティを確保するための長期の策であって、アベノミクスの中では第3の成長戦略に属する。第1と第2の短期需要喚起策と第3の成長政策は、長期的には同じ方向を向いているが、短期的には矛盾することもある。その場合には、短期的には第1と第2の策を優先させ、長期的に第3の策を実現して行くのが合理的である。その意味で、消費増税を18か月延長し、その間に第1と第2の短期の需要喚起策で景気を立て直そうとするのは適切な選択である。

【官邸主導の増税延期に注目】
 この選択は、内閣官房参与の浜田宏一、本田悦朗両教授などが安倍晋三総理に強く進言し、総理官邸主導で、並み居る官僚と官僚OBの自民党政治家達の反対を押し切って実現したようだ。官僚主導を抑え、官邸(政治)主導を通した点は注目に値する。

【来年になれば支持率が下がるから今のうちに】
 次に年内解散があり得ると予想した理由である。第2次安倍内閣発足後、2人の女性閣僚の辞任というつまづきはあったものの、依然として安倍内閣の支持率は不支持率を上回り、政権発足後2年を経た時点の支持率としては、多くの歴代内閣よりは高い。しかし、来年の通常国会では、集団的自衛権や特定機密保護に関連した討論や法案の審議、沖縄の基地移転、原発再稼働、統一地方選挙など様々の争点があって野党の攻勢は強まり、国会が大いに荒れ、内閣の支持率が下がり、与党にとっては総選挙に不利な情勢になっていく恐れがあった。

【大義なき党利党略の「勝ち逃げ解散」】
 任期半ばとはいえ、野党の選挙態勢が整わず、内閣や与党の支持率が下がらない今のうちに、解散、総選挙を打てば、確実に与党が勝利し、絶対多数を維持して、新たに4年間の安倍政権を続けることが出来ると考えたとしても、不思議ではないと私は思った。
 これは「勝ち逃げ」解散である。リャンチャン(2ラウンド)の約束で始めた麻雀で、最初のイーチャン(1ラウンド)で大勝した人が、リャンチャン(2ラウンド)目をやらないで終わりにしようと言い出す「勝ち逃げ」に似ているからだ。まさに与党の党利党略による大義のない解散であるが、憲法が内閣に解散権を与えている以上、与党の都合が良い時に内閣が解散権を行使するのは当たり前のことで、それが政治である。大義がないというのは、野党の批判としては分かるが、それで解散がどうなるものでもない。

【アベノミクスの賛否が争点では分かりにくく投票率は下がる】
 そうは言っても、安倍首相は野党の批判に応えて大義を探さなければならないので、当初は消費増税の延期について国民に信を問うと言った。しかし、どの野党も消費増税の延期に反対していないのであるから、これは争点にならない。結局争点は、安倍政権の2年間の実績、とくにアベノミクスの賛否になるのは、当然の成り行きである。これは、一般の選挙民にとっては難しく分かりにくいテーマだ。結果は、支持なし層を中心に投票率が下がり、組織政党である自民、公明に有利に働き、与党が大勝することになるであろう。

【景気停滞の現状は「財政出動」の逆噴射が原因】
 そうなると、今後4年間の日本の命運は、安倍政権に託されることになる。しかし、安倍政権が発足して2年近くなる中で、日本の景気は足踏み状態である。その最大の理由は、成長を促進する筈の第2の矢、「財政出動」が本年度に入って逆噴射しているからである。4月の消費増税に伴い、消費者物価の上昇率が名目賃金や名目所得の増加率を上回る状態が続き、実質消費は前年を下回り続けている。また13年度末の補正予算と14年度当初予算の合計は、12年度末の補正予算と13年度当初予算の合計を4・3兆円下回っている。

【明年4月以降の2年間に持続的成長を実現出来るか】
 明年4月以降は、本年4月の消費増税の影響が消費者物価の前年比上昇率からは消え、その状態が17年4月まで2年間続く。このチャンスに、大幅なベース・アップやボーナス増加で名目賃金の増加率が消費者物価の上昇率を上回り続ければ、実質消費の増加が持続的成長を支えることになる。期待通りになればよいのだが。

【前途の暗雲は円安の行き過ぎ】
 一つの暗雲は、1ドル=120円台に達した大幅円安によって、輸入に依存する身近な食料品などが値上がりしていることだ。円安は輸出企業の収益を好転させるが、日本品を安売りし、外国品を高値で買い、国民の所得と資産の値打ちを国際的に切り下げることである。円安で株高になると言っても、国際基準のドル建で見れば日本の株価は上がっていない。円の実質実効為替相場は、最近40年間の最低水準に落ち込み、国際比較で見た国民の1人当たり所得水準は暴落している。