白川日銀と黒田日銀はどこが違うのか(H26.8.12)
―『世界日報』2014年8月12日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【分かり易さと兵力の一挙投入が黒田案の特色】
 黒田東彦総裁が日本銀行に着任して、異次元金融緩和を始めてから、やがて1年半が経とうとしている。前任の白川方明総裁の金融緩和とどこが違うのか、整理してみよう。
 まず黒田案は、マネタリ―ベースを2年間に2倍にするため、その増加額と同額の資産買入をするという点で分かり易い。白川案では、「資産買入等の基金」が資産買入とオペ方式の貸付に分かれ、総額が導入以来1年9か月の間に8回も引き上げられた。これは典型的な兵力の遂次投入であり、市場には次の手を待つ未充足感が常に残った。その点、黒田案は兵力の一挙投入で、現在まで追加緩和はしていない。黒田案を打ち出した直後から株高と円安の効果が大きく出たのは、この分かり易さと兵力の一挙投入が一因と思われる。

【大規模に長期の国債まで買い上げる黒田案】
 量的緩和の規模においても、黒田案の資産買入2年間約130兆円はかなり大きく、リーマン・ショック後の中央銀行資産の増加率において、FRB(米連邦準備制度理事会)、ECB(欧州中央銀行)、BOE(イングランド銀行)を上回る。白川総裁は、日本銀行の資産は97年の平成金融恐慌以降に大きく増加し、その対GDP比率は米欧の中央銀行を上回っているが、リーマン・ショック後だけを見れば、日本に金融危機が発生しなかったので、米欧より増加率が低いのは当然だと説明していた。その通りであるが、それが一因となって、リーマン・ショック後、円高、ドル・ユーロ安が進んだことは否めない。黒田案が出たあと円高修正が大きく進んだもう一つの理由であろう。
 黒田案では白川案よりも長期の国債を買い上げるため、その限りでは長期金利引き下げの効果が大きい。しかし、新発国債の大半を日本銀行が買い上げるため、長期国債市場の流動性が低下し、機能が不円滑になっている。

【日銀資産の劣化と財政ファイナンスが黒田案の難点】
 黒田案の分かり易さ、兵力の一挙投入、大規模な資産買入、買入国債の期間長期化などの特色は、同時に日銀資産の劣化(保有国債の期間長期化と大規模化による金利リスクと流動性リスクの上昇、CP〈コマーシャルペーパー〉、社債、ETF〈指数連動型上場投資信託受益権〉、J―REIT〈国内の不動産投資信託〉の増加による信用リスクの上昇など)と財政赤字のファイナンス(長期国債の大規模なマネタイゼーション)を伴っている。これらは、デフレ脱却を目指して量的緩和を進めている間は問題が起きないが、2%のインフレ目標が達成され、インフレの行き過ぎを防ぐため量的緩和を手仕舞う「出口政策」の際に問題となる。

【金融緩和を手仕舞う際の長期金利上昇】
 出口政策には、量的緩和の縮小・廃止とゼロ金利政策の収束の二つの側面がある。第一段階の資産買入の縮小は、間違いなく市場の長期金利の上昇を招き、第二段階の資産売却はそれに拍車をかけるであろう。ゼロ金利政策を放棄して短期金利を上げることもまた、期待金利の上昇から長期金利を上昇させる。

【日銀に巨額損失が発生する可能性】
 40年債を含む全ゾーンの国債を買入れ、平均残存期間が白川時代の3年弱から7年程度に延びたので、長期金利の上昇は、日本銀行が保有する巨額の国債に大きな評価損を生み出す。政府の財政赤字も金利負担の増加で膨張するし、日本銀行による財政ファイナンスが縮小して来るので、財政の信認に響き、その面からも国債金利が上昇するかも知れない。
 巨額のマネタリ―ベース供給に伴い、日銀当座預金が150兆円を超えている現状では、短期金利の引き上げは、この当座預金に目標金利相当の付利をしなければ実現しないであろう。ここでも日本銀行は、大きな損失を覚悟しなければならない。

【日銀資産の劣化と長期金利上昇を制御しようとした白川案】
 白川総裁が、買入資産を別建の基金とし、その総額をあまり大きくせずに銀行券発行額を上限とし、買入長期国債の期間を3年以内としていたのは、日銀資産の劣化を小さくし、出口政策の際の長期金利上昇などの困難を制御しようとしたためであろう。

【長期金利上昇に政府が異論を唱える可能性】
 黒田案でデフレ脱却に成功した場合は、出口政策に伴う長期金利上昇などの難問が控えているため、政府は日本銀行の出口政策への転換に反対したがるかも知れない。それによって金融政策の転換が遅れれば、72~74年の過剰流動性インフレ、87~90年の資産バブル発生の戦後2大失敗に続く、3回目の金融政策大失敗になるかも知れない。

【スタグフレーションと資産バブルの懸念】
 現状を見ると、反対のケースも心配である。マネタリ―ベースは計画通り増えているが、ほとんどが日銀当座預金に溜まっており、貸出やマネーストックの伸びは一向に高まってこない。このまま低成長が続き、インフレ率が2%に達しない場合にはどうするのか。成長率が低いまま金融緩和を延長・拡大し、インフレ率だけを高めて行くと、最後はスタグフレーションと資産バブルの様相を強めてくる。家計部門は実質所得の減少と実質貯蓄の減価で一番不利益を蒙る。

【黒田日銀は出口リスクを今から検討せよ】
 黒田日本銀行は、このような上下双方向のリスクに、どう対処するつもりなのであろうか。黒田総裁は、いま出口政策を論じるのは時期早尚だと言っているが、「時期」を論じるのは早尚であっても、「内容」を論じ、それに伴うリスクを今から点検することは大切だ。