21世紀をアジアの世紀に(H26.5.13)
―『世界日報』2014年5月13日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【「21世紀は日本の世紀」は夢と消えた】
 かつて、「21世紀は日本の世紀」と言われたことがある。高度成長で70年代始めまでに欧米先進国の仲間入りを果たした日本は、その後80年代まで欧米先進国を上回る成長率を維持した。それを延長すれば、確かに「21世紀は日本の世紀」になる筈であった。しかし、90年のバブル崩壊以降成長率は下がり、とくに金融危機が発生した97年度から15年間は慢性的なデフレに陥り、経済成長は停滞してしまった。「日本の世紀」は夢と消えた。

【「21世紀はアジアの世紀」に期待】
 しかし今度は、「21世紀はアジアの世紀」と言われ始めた。中国、インド、ASEAN諸国などアジア諸国のダイナミックな成長パターンが今後も続き、中国を含むいくつかの中所得国が高所得国に移行すれば、これは夢ではない。アジア開発銀行の委託報告書「アジア2050」によると、その場合、アジアの経済規模は欧米のそれを上回り、アジアは現在の欧米に匹敵する富裕国の地位を占めるようになる。「報告書」によると、2050年までにアジアのGDPは74兆㌦(市場為替レートで換算)に達し、世界経済に占めるウェイトは過半の52%となり、約30億人が新たに富裕層に加わり、1人当たりGDPは4万800㌦(購買力平価で換算)に上がる。アジアのベスト・シナリオだ。

【アジア諸国が「中進国の罠」に陥れば夢と消える】
 しかし「報告書」は、注意深く、もう一つの悪いシナリオも示している。アジア諸国が、所得格差の拡大、資源や環境の制約、公務員の腐敗、金融・経済危機のコントロール失敗などいわゆる「中所得国の罠」に陥るケースである。この場合は、中国を始め、これまでダイナミックな経済成長を実現してきた諸国といえども、今後5年から10年で成長が鈍化し、アジア地域全体の経済パフォーマンスは、その潜在力ほどには改善しない。中所得国の状況から抜け出せないので、2050年のアジアのGDPは65兆㌦、世界経済に占めるウェイトは27%、1人当たりGDPは2万800㌦にそれぞれとどまる。

【東アジアに深刻な紛争が起きれば「アジアの破局」】
 しかし、最近の日中韓の対立関係、中国の東シナ海・南シナ海進出、北朝鮮の態度などを見ていると、もう一つ、更に悪い「破局」シナリオがあるように思われる。それは、尖閣諸島を巡る日中の軍事衝突、朝鮮半島の有事など東アジアに深刻な紛争が起きるケースである。去る2月16日の本欄(エコノミストに映る日中問題)に書いたように、各国・地域の経済的な相互依存関係が格段に深まっている今日、東アジアの深刻な軍事的紛争は、アジアはもとより、世界中のサプライ・チェーンを寸断して生産・流通・販売を低下させ、世界中の株価暴落が各国の金融危機を招き、アジアの紛争当事国にとどまらず、世界各国の経済活動の縮小と金融の混乱を招くであろう。この場合、アジアは「中所得国の罠」のシナリオさえ実現できず、「アジアの破局」シナリオとなるであろう。言うまでもなく、日本の発展も展望できなくなる。

【今日の日本経済の対アジア相互依存は対欧米よりも高い】
 日本と諸外国との相互依存関係を見ると、日本の輸出に占める対米シェアはかつて30%で最高であったが、2千年頃から急激に下がって10%となり、代わって対アジアNIEsの20%強が最高で、続いて対中国が20%近くまで急上昇している。輸入側でも米国のシェアは最高の25%から10%以下に転落し、代わって中国のシェアが急上昇して最高の20%強となり、ASEAN10が15%で続いている。輸出入両面において、日本のアジアとの結び付きが強まっている。

【直接投資とその収益率も対アジアが最高】
 貿易の背後には資本の動きがある。日本の対外直接投資残高の対GDP比率を見ると、かつては対米が急上昇し、最高の5%弱に達したが、対アジアはそれを上回るピッチで上昇し、一昨年には対米を抜いた。日本の輸入でアジアからのシェアが高いのは、日本の企業が直接投資でアジアの生産拠点を拡げ、日本に逆輸入しているからだ。対外直接投資残高の収益率は対アジアが最も高く、これが日本の貿易赤字を相殺する所得収支の黒字拡大を支えている。

【「中所得国の罠」や「深刻な紛争」を避けることは日本にとってもベスト・シナリオ】
 このようにアジアとの相互依存関係が高まっている日本は、アジア諸国が「中所得国の罠」に陥ったり、ましてや深刻な紛争が起こったりすることを、全力をあげて阻止しなければならない。「21世紀はアジアの世紀」となることは、アジアのためばかりではなく、日本自身にとってベスト・シナリオである。

【「中所得国の罠」と「深刻な紛争」を避ける上で日本の役割は大きい】
 「中所得国の罠」を避けるには、所得格差を是正し公平な所得分配を実現する包括的(comprehensive)成長の実現、エネルギーや資源の効率的な利用と環境問題への対処、公務員の腐敗を抑制する制度改革、金融・経済危機に効果的に対処できるシステム構築などが必要であるが、これらの分野で日本が過去の経験と現在の技術を活かしてアジア諸国に協力する余地は大きい。安全保障面では、東シナ海、南シナ海を「平和・友好・協力の海」とし、領土問題を棚上げして共同管理・共同開発する道を率先して模索すべきである。