消費増税と今後の日本経済の推移(H26.4.13)
―『世界日報』2014年4月13日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【異次元金融緩和と消費増税の狙いは正しい】
日本銀行が「量的質的金融緩和(いわゆる異次元金融緩和)」を打ち出して1年たったこの4月に、政府は消費税率を5%から8%へ引き上げた。異次元金融緩和は、97年度から15年間続いたデフレからの脱却を狙う政策であり、消費増税は高齢化による社会保障費の膨張で趨勢的に財政赤字が拡大するのを止めようとする政策である。デフレ克服も財政赤字拡大阻止も、現下の日本経済にとって大切な課題であり、二つの政策の狙いは正しい。
【成長が持続しなければ二つの政策の狙いは実現しない】
しかし、マクロ経済に対する短期的なインパクトは、金融緩和が拡張的、消費増税が緊縮的であり、正反対だ。他方、中期的には持続的成長がデフレ脱却と財政赤字削減の双方にとって必要である。従って、前者の拡張的効果が後者の緊縮的効果を下回る場合には、拡張的効果を補強する第3の政策で持続的成長を維持しなければならない。
【円安と株高は既に終わった】
異次元金融緩和のマクロ経済に対する拡張的効果の経路は、今のところ二つ確認されている。株高に伴う資産効果と、円安に伴う輸出採算の好転である。しかし、株高と円安が急激に進んだのは、アベノミクスが打ち出された一昨年の暮れから昨年5月までの半年間で、その後現在までの1年間は、株価も円相場もボックス圏内の保合で推移している。従って、現在この二つの経路から追加的な拡張的効果が生まれているとは、考えにくい。
【異次元金融緩和の本来の拡張的効果はまだ不発】
異次元金融緩和が本来狙っている拡張的効果は、マネタリーベースの供給残高を2年間で2倍に増やし、銀行貸出とマネーストックを増加させてマクロ経済を刺激する経路である。現在までのところ、マネタリーベースは予定通り増え続け、3月の平残は前年比54・8%増に達している。しかしそのほとんどは日銀当座預金(前年比148・9%増)に滞留しているだけで、銀行・信金の貸出残高は前年比2・2%増、マネーストック(M3)は同3・2%増にとどまっている。貸出とマネーストックの前年比は、一昨年暮れに比べて1%ポイント前後高まってはいるが、この間に消費者物価の前年比は1・5%ポイント、国内企業物価の前年比は2・5%ポイント高まっているから、実質ベースの貸出残高とマネーストックの前年比は増えていないことになり、実体経済へのインパクトは認められない。
【消費増税の緊縮的効果は明確】
このように、異次元金融緩和のマクロ経済に対する拡張的効果は極めて限定的であるが、他方、消費増税の緊縮的効果は明確である。3%ポイントの消費税率引き上げは、平年度ベースで7・8兆円、導入時の14年度には5・2兆円の消費購買力を削減する。
加えて、消費税率引き上げ前の駆け込み需要のあとに来る反動的な需要の落ち込みもある。この効果は駆け込みのプラスとその反動のマイナスで、ならしてみれば中立的になりそうなものであるが、反動的落ち込みに伴う弱気の期待が定着したり、駆け込み需要に対応する生産が行き過ぎて過剰在庫となり、意図せざる在庫の調整が発生すると、マイナスの方が大きくなる。前回97年4月の消費税率引き上げの時がそうであった。「日銀短観」の大企業製造業の業況判断は、97年6月調査まで楽観的で、その間の生産抑制が不充分であったため、製品在庫は急増し、夏から在庫調整に入った。
今回は本年の3月調査「日銀短観」の先行き予測は慎重であり、鉱工業生産も2月から大きく抑制され、在庫は増えていない。業況の水準も今回の方が前回よりも遥かに好調なので、同じ誤りはないと期待したい。
【消費増税の緊縮的効果は財政支出で帳消しにはならない】
そうなると、5・2兆円の消費購買力削減効果を他の政策で打ち消せるかどうかが今回の焦点となる。政府は、5・5兆円の13年度補正予算を組み、これを14年度上期に集中的に執行しようとしている。また14年度当初予算は95・8兆円と、13年度当初予算の92・6兆円を3・2兆円(3・5%)上回っている。これだけを見ると、消費増税の負のインパクトは打ち消されるように見えるが、実はそうではない。政府は12年度末に13兆円の補正予算を編成し、13年度中に執行したので、これを13年度の当初予算に加えると、105・6兆円になる。他方、13年度補正予算と14年度当初予算の合計は101・3兆円なので4・3兆円少ない。消費増税の緊縮的効果5・2兆円に、更にこの4・3兆円の緊縮的効果が加わり、合計9・5兆円に達することになる。
【第3の拡張的政策と経済の自律的回復が必要】
従って持続的成長を維持し、デフレ脱却と財政赤字削減を成功させるためには、どうしても第3の拡張的政策が必要である。政府が検討している法人実効税率の引き下げと国家戦略特区における岩盤規制の撤廃が、果たしてそれだけの力を持つかが問われている。
このほか、本年度の賃金上昇率が、消費税率の引き上げ幅3%を上回って、実質賃金が上昇するかどうか、本年度の海外経済が米国の回復を中心に立ち直り、日本の輸出数量の伸びが高まるかどうか、これらを見て企業が本年度の設備投資を力強く伸ばすかどうかなどが、今後の帰趨を決めることとなろう。