愚かな欠損金繰越制度縮小―成長戦略への逆噴射に(H26.3.11)
―『世界日報』2014年3月11日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【成長戦略の一環としての法人実効税率引き下げは適切】
政府税制調査会は、法人課税ディスカッショングループを設け、法人実効税率引き下げとその財源について、3月から集中的に議論することを決めた。
欧米先進国やアジア新興国に比して高い日本の法人実効税率を引き下げるべきだということは、かねてから多くの人が主張しているが、今回はそれがアベノミクスの第3の矢「成長戦略」の一環として出てきた。内部留保を豊富に持つ日本の企業は、法人税率が下がってもその分投資を増やすとは限らず、内部留保が増えるだけだという反対論もあるが、日本の法人税率が諸外国並みに下がれば、日本の企業が海外に出ないで、国内で事業をしようとか、外国の企業が日本に進出して事業をしようとかいう動機が強まることは間違いない。
【法人税率引き下げの財源は租税特別措置の整理による課税ベースの拡大で】
安倍首相が成長戦略の一環として「国際標準並みの法人税制を目指そう」と言うのは、このことが頭にあるからであろう。識者の多数意見もこの点は賛成と思われるが、法人実効税率の財源をどこに求めるかとなると、意見が割れるようだ。
特定の業界のみが恩恵に浴する租税特別措置は、法人税、所得税、その他租税全体で5兆円規模に達すると言われる。これらを見直して法人税の課税ベースを拡大しようという案は、財源論の中では筋の良い議論であるが、これには恩恵を受けている業界を中心に財界の反対がある。
特定の産業の振興、支援、保護、救済のための租税軽減措置が必要な局面が時としてあることは理解できる。しかし、経済の環境や構造は日々変わっていくのであり、特定局面で例外的に必要であった租税軽減措置が現在でも必要かどうかは、常に見直していかなければならない。そうでなければ、一時的、例外的措置が既得権益となり、経済構造の転換を妨げ、経済成長力を削ぐ。これは、財源探しではなくても、成長戦略として実行すべきことである。
【欠損金繰越制度の縮小提案は愚かな財源論】
他方、新聞報道によると、筋の悪い財源論も出ているようだ。その最たるものは、企業がある決算期の赤字を、翌期以降の黒字で相殺できる欠損金繰越制度を縮小しようという案である。現在日本は、赤字を翌期以降9年間の黒字の8割で相殺できるが、この9年間の繰越期間を短縮したり、8割の利用制限をもっと広げたりして、税収を増やそうという提案である。
しかし、国際的に見ると、現在でも日本の繰越期間は短く、利用制限は大きい。独、仏、英、伊などの欧州諸国やアジアのシンガポール、香港では、繰越期間は無制限である。また、カナダと米国は20年、韓国と台湾は10年であるが、これらの国には利用制限がなく、黒字の全額を赤字の相殺に使える。明らかに日本の欠損金繰越制度は、今でも他の先進国やアジアの新興国に比して企業に不利であるが、それを更に不利にしようという提案が税制調査会で出ているのは理解に苦しむ。
【欠損金繰越期間を無制限にするのが法人税制の国際標準化】
そもそも企業の本質は、無期限に事業を続けるゴーイング・コンサーンであり、無期限の活動を通じて採算を考え、税金を納めるべき存在である。1年毎に区切って損益を確定し、納税額を決めるのは、政府の会計年度に合わせた便宜上の仕組みにすぎない。欧州先進国などのように、欠損金繰越期間を無制限とし、ライフ・タイムを通じる損益に基づいて納税額を決めるのが、本来の企業の姿であり、それが合理的である。
【欠損金繰越制度を活用する企業は成長戦略の柱となる新機軸の成長企業や経営構造転換企業が主流】
欠損金の繰越控除で納入を免れた法人税は、11年度時点で2・3兆円と報じられているが、これを法人税率引き下げの財源に当てるという発想は、あたかも欠損金の繰越で不当に納税を免れているかの如き、見当違いの考え方から出ているようだ。欠損金を繰越している企業を大別すると、①研究開発や事業立ち上げなどの初期投資が大きく、黒字に転換するまでの期間が長いバイオ、環境、再生可能エネルギー、大型農業などの重点成長企業、②景気変動や事業構造転換などにより一時的に赤字を計上した企業、③税金対策のために構造的、継続的に赤字を計上している同族経営などの企業、の三つが考えられる。
このうち①と②はゴーイング・コンサーンである企業の本質からいって欠損金繰越は当然の権利であり、これらの企業の繰越を認めることこそ、成長戦略の狙いであるべきだ。不当なのは③の企業のみであるが、これは決算の不正を厳しく追究するのが対策であり、欠損金繰越を縮小しても何の効果もない。
【国際標準化を目指す法人税率引き下げの財源を国際標準から一段と遠ざかる欠損金繰越制度の縮小に求めるのは、アクセルとブレークを同時に踏むようなもの】
赤字企業がすべて③のケースであるかの如き言い方で、欠損金繰越制度の縮小を法人税減税の財源にしようとする案は、①と②の企業の日本経済に対する貢献を完全に見落とした暴論と言えよう。法人税制の国際標準化を成長戦略の一つの柱とするために法人税率を引き下げ、その財源として国際標準化に程遠い欠損金繰越制度を更に国際標準から遠ざけることは、アクセルとブレーキを同時に踏むような愚かな政策である。