エコノミストに映る日中問題(H26.2.16)
―『世界日報』2014年2月16日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

 尖閣国有化以来こじれてしまった日中関係は、現在に至っても解決の兆しが見えない。この問題は、基本的には国際政治・外交・軍事の問題であり、私の専門外であるが、エコノミストの視点から見るとどう感じられるかを、ご参考までに述べてみたい。

【第二次大戦までは「領土」が「国力」を決めた】
 第二次大戦までは、「領土」の広さや植民地の有無が、「国力」を構成する重要な要素であった。領土は物的・人的資源調達の能力や自国品の販売市場の広さを制約し、また軍事力の展開範囲を決めて国力の基盤となった。太平洋戦争も、つまるところ中国や東南アジアの資源や市場を求めて進出する日本と、それを阻止する米国との間の「領土の争い」であったと言ってもよいであろう。

【第二次大戦後「領土」を失った日本が経済大国に】
 しかし、第2次大戦後、スーパー・パワーとなった米国の下で、植民地や半植民地が独立し、貿易・資本の自由化が進むと、資源はかなりの程度市場で調達出来るようになり、また各国市場間の障壁は低くなった。いわゆる経済のグローバル化である。植民地などの領土を失った資源小国日本が、世界第2位(現在は第3位)の規模を持つ経済に成長することができたのは、そのためである。

【グローバル化の下で「経済」が「領土」から独立して「国力」を決める】
 つまり、グローバル化の下で各国経済の相互依存関係が強まった結果、「領土」が広くなくても経済は発展し、「国力」を高めることができるようになった。日本だけではなく、欧州の国々の中にその例を数多く見ることができる。要するに、「経済」が領土や軍事力に従属せずに独立し、「国力」を決める重要な要素になったのである。

【相互依存関係が強まった今日、大国間の戦争は当事国と世界に破滅的影響を招く】
 今後、FTA(自由貿易協定))、EPA(経済連携協定)などの地域統合は更に進み、各国経済、ひいては国力の相互依存関係は更に強まろう。従って、大国同士が戦争をすれば、世界経済は大混乱となり、戦争当事国の国力も第三国も共に壊滅的影響を蒙るであろう。

【日中間の軍事的対決は日中問題解決の戦略として成り立たない】
 このような世界状況の中では、日中の軍事的対決は戦略として成り立たない。もし世界第2位と第3位の経済規模を持つ日中が軍事衝突を起こせば、世界中の株価は暴落し、物とカネの取引は混乱して縮小し、世界経済は景気後退に陥るであろう。戦争には至らなくても、いつまでも対立する戦略をとると、東アジアに経済発展の国際的仕組みが創れないので、日中双方の経済、ひいては国力と、東アジア、更には世界全体の発展を著しく阻害するであろう。これも選択肢にはなり得ない。

【対立を最小化し協力を最大化する以外に解決の道はない】
 従って、対立はあっても必要があれば手を握る、あるいは対立を最小化し、協力を最大化する道を探るという選択肢以外に、現実的な日中問題解決の戦略はないのではないか。東アジア、そして世界に平和と経済発展の仕組みを創らない限り、日中両国の経済発展、ひいては「国力」の発展はあり得ず、国内政治の面でも困難に直面し、両国の未来は暗いのではないか。これは「領土」とは関係ない。

【軍拡競争より経済依存関係を発展させる方が賢い安全保障政策】
 第2次大戦後、とくにソ連崩壊後の世界における主要国の対決の構図は、米国と中国が主軸で、米国と安保条約を結ぶ日本は脇役でいられた。しかし尖閣問題以来、二国間関係としての安全保障問題が日中間に発生し、日本は安全保障上、不慣れな主役になってしまった。経済の世界とは違って安全保障の世界では、性悪説の下で最悪の事態を想定し、対策を考える。それは抑止力として致し方のないことではあるが、双方がそうすればどうしても軍拡競争に陥りがちである。しかし、各国の経済がグローバルな相互依存関係に立った今日、軍事的対決ではなく、両国の経済依存関係を発展させる枠組みを考える方が、はるかに賢い安全保障政策ではないだろうか。

【中国外交の「義と利」を共に考えよう】
 東アジアに平和と発展をもたらす枠組みは、国際法の「正義」に支配された公平な枠組みでなければならないが、問題は「正義」の中身である。例えば、民主主義と基本的人権の尊重は、西洋文明がたどり着いた正義であり、日本もこの価値観を共有している。しかし東洋文明、とくに儒教の伝統を持つ中国の正義とは何であろうか。「公の義をもって全体の利とする」(『大学』)「利を見て義を思う」(『論語』)というときの「義と利」の理念を、国際的な外交の世界に持ってきた時、中国外交の「義」とは何であろうか。東アジアの「利」を実現する「義」とは何かを、日本は中国と共に考え、東アジアを支配する国際法の理念として確立してはどうであろうか。

【東シナ海の資源開発は日中共同の開発機構で】
 具体的には、例えば「東シナ海を平和、友好、協力の海にすること」を「義」とし、日中両国が半分ずつ出資して共同開発機構を創り、この機構が東シナ海の資源開発を行い、その「利」は折半するのである。国連海洋法条約に基づく中間線を両国の排他的経済水域の境とする、尖閣島は日本の国有地である、などの領土問題には触れず、日中両国が東シナ海開発の利益を平等に得るこのような方法を二国間関係の落とし所とするのが、グローバル化した今日の最も賢い紛争解決策ではないだろうか。