日本経済のデフレ脱却は期待成長率次第(H26.1.14)
―『世界日報』2014年1月14日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【コア物価と国内需要デフレーターが徐々に上昇】
 物価の基調を示す全国消費者物価(除生鮮食品、以下コア物価)の前年比が、昨年6月からプラスに転じ、11月にはプラス1・2%と1%台に乗った。昨年7~9月期のGDPデフレーターは、まだ前年比マイナス0・3%の下落であるが、これはGDPのマイナス項目である輸入のデフレーターが前年比プラス14・2%と大きく上昇しているためで、国内需要デフレーターは前年比プラス0・4%の上昇に転じた。

【需給ギャップ縮小と賃金上昇で今年はデフレ脱却の正念場】
 物価の背後にある需給ギャップは、昨年4~6月期と7~9月期の実質GDPが前年比それぞれプラス1・2%、プラス2・4%と、いずれも潜在成長率の1%弱を上回っているので、供給超過は縮小しつつある。また、現金給与総額の前年比は昨年11月に前年比プラス0・5%とようやく前年を上回った。
 このように物価情勢は、明らかに98年度から12年度まで15年間続いたデフレの出口に近づきつつあるように見える。本年はデフレ脱却が出来るかどうかの正念場である。

【15年間の経済停滞とデフレ】
 振り返ってみると、日本経済は、高度成長が終焉した1973年以降も、90年代始めまでは、先進国の中で最も高い経済成長率を維持し、90~91年に地価と株価のバブルが崩壊した後にも、92~93年の調整を経て94~96年度の3年間は2%台成長に戻っていた。それが97年度から12年度に至るまで平均1%にも満たない低い成長に陥り、98年度からはコア物価とGDPデフレーターが下落を続け、長期のデフレに陥った。
 この15年間に名目GDPはマイナス9・3%縮小し、現金給与総額はマイナス13・0%下落した。国際比較を見ても、OECD加盟先進国(34カ国)中、93年には一時2位にまで上昇していた1人当たり名目GDPは、07年と08年には19位まで低下し、リーマン・ショック以降の世界同時不況で諸外国が不況となった後も、直近の12年は10位である。

【発端は97年度の超緊縮予算執行】
 15年間の経済停滞の基本的原因は、日本国民、とくに企業経営者の「期待成長率」が急激に低下し、それが自己実現的に現実の成長率を引き下げたことである。
 バブル崩壊後の財政出動によって日本の財政赤字は著しく拡大したため、94~96年度の景気回復を見て安心した橋本政権は、97年度に財政赤字を一挙に13兆円縮小(消費税率2%引き上げで5兆円、所得減税打ち切りで2兆円、社会保険料引き上げで2兆円、公共投資削減で4兆円)する97年度予算を執行した。
 しかし、バブルの崩壊に伴って100兆円近い不良債権・債務が潜在していたため、13兆円の財政赤字縮小が引き金となって発生した景気後退は、都銀の一角の拓銀、4大証券の一角の山一を含む大型金融倒産を引き起こし、大規模な金融危機となった。

【設備投資と雇用の抑制、賃下げ、内部留保蓄積の企業経営の始まり】
 この時から企業経営者は、生き残りのため、過剰となった債務、設備、雇用を整理して損益分岐点を引き下げ、たとえゼロ成長でも収益を維持できるような経営体質に生まれ変わろうと努力した。この「三つの過剰」を整理する過程で、不良債権の処理は03年頃までに終わったが、債務を減らして内部留保を増やし、設備投資の伸びを抑え、非正規雇用の割合を引き上げる形で賃下げを図り、雇用の整理を進める企業行動が定着した。

【期待成長率の低下が現実の成長率を引き下げた】
 つまり日本の企業経営者は、この金融危機を伴う97~99年の3年間、通計マイナス0・9%成長の中で、「期待成長率」を大きく引き下げ、低い成長に耐えられる設備、雇用、財務の実現に集中したため、結果として現実のマクロ経済も、以後は平均1%弱の低い成長率となり、企業経営者はその低い成長率を見てその後も低い「期待成長率」を持ち続け、慎重な投資、雇用、資金調達を続けることになってしまったのである。

【期待成長率を押し上げるビックプッシュが必要】
 こうして定着した低成長や賃下げに伴うデフレの継続を断ち切るためには、人々の「期待成長率」を引き上げる「ビッグプッシュ」が必要である。しかし不幸にして、08年のリーマン・ショックによる世界同時不況発生や11年の東日本大震災という形で、逆方向の「ビッグプッシュ」ばかりが続き、「期待成長率」は低いままであった。

【アベノミクスはビックプッシュとなり得るか】
 そこに登場したのが、「アベノミクス」である。第1の矢(異次元金融緩和)についてはこれ以上の金融緩和には限度があるし、第2の矢(財政出動)については、これ以上の財政出動は財政再建との兼ね合いで難しいので、今年はほとんど使えない。
 第3の矢(成長戦略)のみが、長期の供給政策として、人々の「期待成長率」を変化させる「ビッグプッシュ」となり、本年のデフレ脱却を本物にする可能性を残している。
 果たしてこれから本格化する「成長戦略」に、それだけの力があるかどうか。「岩盤規制」の改革やTPP加盟を挺とする日本経済の構造改革が、本当に今年から進み始めるかどうか。まずは4月のベースアップや来年度の設備投資計画に「期待成長率」上昇の気配があるかを、じっくり見ていかなければならない。