アベノミクスの途中経過を点検する―暫定的評価(H25.11.12)
―『世界日報』2013年11月12日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【短期需要政策と長期供給政策から成るアベノミクス】
 安倍政権が、「アベノミクス」(①異次元金融緩和、②財政出動、③成長戦略)の実施を宣言してから1年になろうとしている。
 この政策体系は、○A超金融緩和と財政出動の組み合わせによって国内民間需要を刺激し、併せて超金融緩和による円高是正で輸出を伸ばし、日本経済の需給を改善してデフレを克服しようという短期の需要政策と、○B規制緩和、構造改革、貿易・資本取引の一層の自由化(環太平洋経済連携協定〈TPP〉をはじめとする経済連携協定〈EPA〉や自由貿易協定〈FPA〉の拡大)によって潜在成長率を高め、持続的成長を図ろうという長期の供給政策から成っている。

【異次元金融緩和の最終的評価だけでも2~3年先】
 短期の需要喚起策のうち、金融政策の効果は一般に1年後にピークを迎え、2年に及ぶ。黒田日銀総裁は2年後までにベースマネーの供給を2倍にし、生鮮食品を除く全国消費者物価で測ったインフレ率(消費税率引き上げの影響を除く)を2%にすると言っている。従って、金融政策の成否は、少なくとも2014年度末までは分からない。また、2%インフレの目標を達成したとしても、その後に異次元金融緩和を通常の金融緩和に戻し、さらに中立的な金融情勢に軟着陸させる「出口政策」を混乱なく進めるという難題が控えている。従って、アベノミクスの中の金融政策の成否判定だけでも、2~3年はかかる。

【財政出動と成長戦略の全貌はまだ不確か】
 これに対して、財政政策の効果は即時に出て、短期間に収斂するが、アベノミクスの財政出動がいつの予算まで続くのかは、財政再建との兼ね合いで不確かである。
 このように、アベノミクスのうち短期の需要喚起策である金融政策と財政出動についてさえも、当分の間、成否の判定は難しい。ましてや長期の供給政策については、これから経済財政諮問会議と産業競争力会議を中心に戦略を固めようとしている段階だ。また、TPPを始めとするEPAやFTAの帰趨も、現段階でははっきりしない。今後、持続的成長が実現し、日本経済が長期的にもデフレから脱却できるかどうかはまだ分からない。
 そこで、今の段階で進行している短期の需要喚起策、すなわち金融政策と財政政策についてのみ、暫定的な評価をしてみたい。

【異次元金融緩和の「期待」に対する効果】
 まず金融政策は、アナウンスメント効果(将来まで続く超金融緩和の「期待」)だけで円高是正が進み、株価上昇が起こった。円安・ドル高は、12年11月9日の79・03円から13年5月22日の103・73円まで進んだ。しかし海外経済の停滞もあって、円安に伴う輸出数量の増加は、まだ表面化していない。
 日経平均株価は12年11月14日の8664円から13年5月22日の1万5627円まで上昇した。この8割に達する株価上昇の資産効果によって、宝石、時計など高額商品の売れ行きが好転した。しかし、その後は5月から今日まで、円安と株高は足踏みをしており、5月の記録を抜けないでいる。当初の「期待」による効果は一巡したとしても、上方修正されている14年3月期の増収増益の予想が、株価を再び押し上げないのは何故だろうか。

【異次元金融緩和の総需要拡大効果はまだ不確か】
 異次元金融緩和の本来の狙いは、人々の予想インフレ率の上昇によって実質金利を低下させ、他方では潤沢なベースマネーの供給によって銀行の貸出意欲を高め、双方から貸出を増やし、マネーストックの増加率を高めて、民間支出を拡大し、インフレ率を押し上げることにある。
 現実の銀行・信金の総貸出平均残高の前年比を見ると、12年10~12月期の1・0%から13年7~9月期の2・0%まで高まり、マネーストック(M2)は同じ時期に2・3%から3・8%に高まった。この間、全国消費者物価(除生鮮食品)の前年比は、マイナス0・1%からプラス0・7%に高まった。徐々にではあるが狙った方向に動いているようにも見える。しかし、貸出増加の中心はM&A関連と住宅・不動産融資が中心のようだし、インフレ率の上昇も円安に伴う輸入品値上がりの影響が大きい。
 13年1~3月期と4~6月期の成長率とインフレ率が高まったことについても、リーマン・ショックと東日本大震災の衝撃で08~12年の経済が停滞した後の循環的回復による面が大きい。異次元金融緩和に伴い総需要が拡大し、インフレ率と成長率が高まっているとは、まだ言える段階ではない。

【13兆円補正予算執行後の「財政の壁」は財政出動の逆噴射ではないのか】
 財政出動については、12年度末の13兆円の補正予算の執行が、現在の成長を支えていることは間違いないが、問題はこれが来年度も続くかどうかである。本年度末に組まれ、来年度に執行される補正予算の規模は5兆円と伝えられる。しかし、これは消費税2%引き上げのデフレ効果(来年度は5兆円)を打ち消すためである。そうなると、現在執行中の13兆円の補正予算を使い終わった時の「財政の崖」はそのまま残る。これは財政政策の逆噴射ではないのか。アベノミクスの第2の矢は、財政再建が叫ばれる中で、今後は逆方向に向くのではないかと心配される。