消費増税は1年延期か、1%ずつの小刻み引き上げにせよ (H25.9.12)
―『世界日報』2013年9月12日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【10月初に迫った消費増税の決断】
政府の消費増税をめぐる集中点検会合が終わり、あとは4~6月期国内総生産(GDP)統計の2次速報値と9月調査「日銀短観」の結果を見て、安倍晋三首相が10月の早い時期に増税の是非、およびそのやり方を決めることとなった。
【前回97年度は衆院予算委で橋本首相と論争】
消費増税の是非をめぐる議論では、前回、3%から5%へ消費税率を引き上げた97年度との比較が話題となっている。
消費増税を含む97年度予算が国会に提出された同年1~3月期には、私は野党第一党の新進党の衆議院議員で、同党の「明日の内閣」の経済財政政策大臣であった。このため、この時期の衆議院予算委員会で数回質問に立ち、橋本龍太郎首相(当時)と論争をした。NHKの国会中継でも放映されたので、ご記憶のある読者もおられるかもしれない。
【前回の13兆円赤字圧縮は無謀】
その時、私が指摘した論点は、主として二つあった。一つは、この予算のデフレ・インパクトの大きさは、2%の消費増税引き上げで5兆円、所得税の特別減税の打ち切りで2兆円、医療保険など社会保障負担の引き上げで2兆円、計9兆円の国民負担増加と、前年比4兆円の公共投資削減、合計13兆円に達することだ。一挙に13兆円の財政赤字を減らそうという企ては無謀であり、結果は景気が落ち込んで税収が落ち、13兆円の財政赤字削減は実現せず、翌98年度からは逆に増えるであろうと主張した。実際、97年度決算では、赤字は2・1兆円しか減らず、逆に98年度に10・4兆円、99年度に6・8兆円増え、今日の大幅財政赤字の元を生み出したのである。
【巨額の不良債権・債務の存在を橋本首相は知らされていなかった】
もう一つの論点は、90年代初のバブル崩壊に伴う隠された不良債権・不良資産が巨額に達していることだ。幸い94~96年度の2・3~2・9%成長という景気回復の下で事なきを得ていたが、もし97年度から景気後退が起こればその処理が不可能となり、金融危機が発生する恐れがあるという点だ。これには与党自民党席から不安をあおるなという汚いヤジが飛んだが、結果は私の予想通り、97年秋以降の大型金融倒産を伴う金融危機となった。後に橋本元首相が述懐したところによると、不良債権があのように巨額に達していることを、大蔵官僚から知らされていなかったと言う。
【前回のアジア通貨危機の影響はネグリジブル】
さて、今回の消費増税と前回97年度では、どこが違い、どこが同じであろうか。
前回はアジア通貨危機が発生したことを重視し、今回はそれが無いから大丈夫だとする見解があるが、実質GDPの純輸出は、97年7~9月期に僅かに減少しただけで、97年度全体では成長に対する寄与度が1・4%に達した。前回のアジア危機の影響はとるに足らない。今回もEUや新興国の経済にリスクはあるし、この点の違いは考慮しなくても良い。
【不良債権の不在とデフレ・インパクトの規模では今回の方が有利】
重要な違いは、次の三点だ。第一に、今回は大きな不良債権・債務が隠されていることはないので、金融危機誘発のリスクは殆んど無い。第二に、2014年度予算の赤字削減額は、97年度予算のように13兆円には達しない。5%から8%への消費税率引き上げは8兆円のデフレ・インパクトだ。その上、これを和らげるため、その是非は別として、法人税減税や公共投資拡大の議論もなされている。
【前回と今回の最大の違いは今回の景気回復はまだ始まったばかりだということ】
第三の違いは、今回の方が危ない条件だ。前回は、94年度2・3%、95年度2・5%、96年度2・9%と家計消費と企業投資に主導された3年連続の2%台成長のあとの消費増税であった。公共投資や純輸出はマイナスで国内民需主導のしっかりした回復であった。それでも13兆円のデフレ・インパクトには勝てなかった。今回の成長率は、11年度0・3%、12年度1・2%、13年度2・5%(政府見通し)で、13年度にようやく2%台成長に届こうというところだ。中身は家計消費と公共投資に支えられており、設備投資と純輸出は、ようやく13年度から回復しようかというところである。それと言うのも、GDPデフレ・ギャップはまだ3%もあり、海外では米国と新興国の経済が13年度後半から立ち直るかというところだからだ。欧州連合(EU)は引き続きゼロ成長近傍である。
【明14年度の景気回復持続とデフレ脱却を確認するため、消費増税を1年延期するか、1%ずつの小刻み引き上げで様子を見よ】
この第三の違いは大きい。デフレ・ギャップが縮み、デフレ脱出がはっきりするのは、明14年度であろう。その時に8兆円のデフレ・インパクトを持つ消費増税をぶつけるのは、景気失速のリスクが大き過ぎるという浜田宏一、岩田一政、本田悦朗など経済専門家の意見はもっともである。増税を1年間延期するか、1%ずつ5年間かけて様子を見ながら小刻みに税率を引き上げよという彼らの提案には、十分留意すべきである。
【国債値下がりのリスクは小さいし、仮に起きても小幅】
これは増税を中止するわけではないので、日本が財政再建を放棄したと誤解され、日本国債が売り浴びせられるリスクは大きくないであろう。また、仮にヘッジ・ファンドが大量の空売りを仕掛け、日本国債が値下がりしたとしても、日本国債にはデフォルト・リスクが無いのであるから、低金利に悩む機関投資家や個人などの長期投資家が、利回りの上がった既発国債を喜んで買うのではないかと思う。従って暴落はあり得ないと考えられる。