欠損金繰越期間を延長せよ (H25.8.11)
―『世界日報』2013年8月11日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【アベノミクス第3の矢=成長戦略の第一弾は力不足】
 安倍晋三首相が6月に打ち出したアベノミクスの第3の矢、成長戦略の第1弾は、海外で不評のようだ。その日の株価は、外国人投資家の失望売りで急落した。翌日の米紙ウォール・ストリート・ジャーナルに出たニコラス・ベネス氏の意見は「市場全体に影響があり、強いインパクトを持つ具体的な政策の提示はなかった」「小規模で限定的な規制緩和と産業を特定した政策のごった煮であり、あまりにも漠然としている」というものだった。

【第二弾と伝えられる即時償却も効果は小さい】
 これに対して安倍政権は、成長戦略の第2弾を、設備投資を促進する税制措置を中心に、秋にとりまとめようとしている。法人税の実効税率引き下げのような思い切った手ではなく、設備投資減税が柱のようだ。その目玉の一つは、減価償却費を一括して損金に算入する「即時償却」であると伝えられている。
 しかし、これは全体の3割に過ぎない黒字企業しか利用することが出来ないうえ、即時償却した年の企業所得、ひいては納税額は圧縮できても、翌年以降を考えれば企業が支払う法人税額の全体を減らせるわけではない。投資の収益率も上昇せず、キャッシュフローも改善しない。投資促進の効果は限られ、海外から再び不評を買うのではないか。

【欠損金繰越期間は大型先行投資が必要な技術集約型ベンチャー企業の死活問題】
 来年4月からの消費税増税を考えると、法人実効税率の引き下げには踏み切れないというのであれば、実効の上がる投資促進税制が他にもある。それは、現在9年までとされている欠損金繰越期間を延長することである。
 現在はまだ研究開発段階や事業立ち上げ段階であるため赤字を出しているベンチャー企業は、バイオテクノロジー、再生可能エネルギー、大型の第6次産業化農業など将来の成長が見込める発展分野には多い。これらのベンチャー企業は、欠損金繰越期間が延長されれば、赤字段階から黒字段階を通じての全体の投資収益率は高まり、キャッシュフローは改善されるので、投資促進、ひいては成長を高めて雇用を拡大する効果が必ず出てくるであろう。繰越欠損金の有効活用は、大型の先行投資が必要な技術集約型のベンチャー企業にとって、死活的に重要な課題なのである。
 実際に上場されているバイオ・ベンチャー企業25社を調べてみると、約半数の12社では上場してから現在までの5~11年にわたって赤字が続いており、まだ黒字に転じていない。また一時的に黒字に転じた期間があるものの、8割以上の期間で赤字が出ている企業は、更に4社ある。

【諸外国に比して著しく不利な日本の繰越期間】
 日本では、民主党政権下の2011年度から、欠損金繰越期間がそれ迄の7年から9年に延長された。しかし、税収の減少を避けるため、益金の2割については法人税を納め、残りの8割に繰越欠損金の算入が認められた。従って実勢は、7年が7・2年(9×0・8)に延長されたにすぎない。欧米の欠損金繰越期間を見ると、ドイツ、フランス、英国、イタリアなどの欧州諸国は無期限、米国、カナダは20年である。アジアでは、シンガポール、香港など旧欧州植民地は無期限、日本と激しく競争している韓国、台湾は10年である。7・2年の日本のベンチャー企業は、明らかに競争上不利であり、海外ベンチャー企業の対外進出上も、日本への進出は不利である。

【繰越期間を少なくとも13年、出来れば20年に延長し、将来は欧州並みに無期限にせよ】
 アベノミクスの第3の矢である成長戦略の一環として、日本のベンチャー企業の投資と海外のベンチャー企業の日本進出を促進するため、日本の欠損金繰越期間は、少なくとも韓国、台湾に引けを取らない13年に(13×0・8=10・4)、出来れば米国、カナダ並みの20年に延長し、将来は欧州並みの無期限を展望すべきである。この場合の税収減は、実効税率引き下げより遙かに小さい。

【ゴーイング・コンサーンである企業の欠損繰越期間を制限するのは不合理】
 そもそも企業の本質は、無期限に事業を続けるゴーイング・コンサーン(going concern)であり、無期限の活動を通じて採算を考え、税金を納めるべき存在である。1年毎に区切って損益を確定し、納税額を決めるのは、便宜上の仕組みにすぎない。欠損金繰越期間を無期限としてライフ・タイムを通じる損益を確定し、納税額を収めるのが本来の企業の姿であり、合理的であると言えよう。戦後日本の税制の基礎となった「シャウプ勧告」でも、無期限の欠損金繰越期間を勧めていた。また英国では、1965年に、税務上の欠損金算入期間を制限する合理的根拠がないとの理由で、それ迄の6年から無期限に延長された。

【全ての企業、産業に対する繰越期間を争って延長する米国の各州】
 州ごとに税制の異なる米国では、連邦税法上の20年を上限として、各州が繰越期間をバラバラに決めているが、最先端の技術を自州に集積し、成長企業の支援を通じて自州の経済発展を目指す上で、欠損金繰越制度は重要な政策の一つと捉える州が増え、21世紀に入って繰越期間を20年に延長する州が増えている。その場合、どの企業、どの産業が最先端の技術を開発して成長するかは行政側には分からないので、選択は市場競争に委ね、全ての企業、産業に分け隔てなく、繰越期間の延長を適用するのが大切だと考えられている。