日本の株価は調整完了後業績相場に向かうか? (H25.6.11)
―『世界日報』2013年6月11日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【急落後乱高下を繰り返す株価】
 5月22日に日経平均で1万5600円台に達した株価が翌日から急落し、6月に入っても乱高下を繰り返している。当初、急激な上昇局面での「スピード調整」であろうという見方が、市場関係者の間で多かったが、背後には、内外経済が新しい局面に入ってきたという事実があるようだ。

【アベノミクスは長期金利の上昇、下落の両方向に作用】
 一つは長期金利の上昇である。アベノミクスの「異次元金融緩和」で、日銀の買オペ対象国債は、これまでの残存期間3年以内から長期化し、平均7年程度に延びることとなったため、市場の長期金利が下がると考えられた。「金融緩和→金利低下→円安と株高」の連想である。
 ところが、その後長期金利は乱高下を繰り返しながら上昇に転じ、これを反映して銀行の住宅ローンの金利は二度引き上げられた。「金融緩和→期待インフレ率上昇→金利上昇→円高と株安」の新しい動きである。
 アベノミクスは、もともと長期金利に対し、上昇と下落の二つの影響を及ぼす性格を持っているのである。そして、期待インフレ率上昇に伴う金利上昇圧力の方が、徐々に強まってきたものと思われる。

【中央銀行は市場の長期金利をコントロールできない】
 日本銀行は長期金利の乱高下が、金融機関の資産運用のリスクを高めることを防ぐため、急激な金利上昇には弾力的な買オペで対処している。しかし、これによって長期金利のボラティリティー(変動の幅)を下げることは出来ても、アベノミクスが期待インフレ率の上昇を狙っている以上、長期金利の上昇傾向を防ぐことは出来ないであろう。
 そもそも、中央銀行がコントロール出来る市場金利は短期金利だけであって、長短市場間にセグメンテーションがない限り(市場が効率的である限り)、期待インフレ率を反映して動く長期金利を日銀による売買でコントロールすることは出来ない。

【長期金利の上昇はあまり心配ない】
 今後アベノミクスの狙いが功を奏し、人々の期待インフレ率が一層上がっていけば、長期金利の更なる上昇は避けられない。
 しかし、その弊害を過度に心配する必要はない。第一に、この金利上昇は名目金利の上昇であって、そこから期待インフレ率を差し引いた実質金利は上昇していないので、実体経済に抑制的効果は及ばない。第二に、長期金利の上昇は財政負担を大きくするが、財政再建の尺度である「財政の基礎的収支」からは、金利負担が除かれているので関係ない。財政再建は長期の課題であって、短期的に循環変動する金利の影響は除いて考えるのが適切だからだ。

【米国の量的緩和縮小の予想による円高と株安】
 もう一つの新しい局面は、米国の景気が少しずつ確りしてきたため、連邦準備制度理事会の内部において、量的金融緩和の縮小、いわゆる「出口政策」の検討が始まっていることである。その実施は早くても本年秋以降であろうが、金融緩和の縮小は米国の金利を上昇させ、企業業績の回復が十分でないと米国株価の下落を招く恐れがあり、これに連動して日本の株価が下落するリスクがある。米国の長期金利上昇は日本の長期金利上昇にも響くので、この面からも日本の株価に下落圧力が掛かる恐れがある。もっとも、日本金利の連動的上昇が、米国の金利上昇を下回れば、金利差は拡大するのでドル高=円安の圧力を生み、日本の株価に好ましい影響を与える面もあろう。

【「金融相場」の波乱が収まったあと「業績相場」に向かう余地】
 以上のような新しい局面での調整を経たあと、日本の株価はこれ迄の「金融相場」から今後は「業績相場」に移行する可能性がある。
 本年3月期決算に基づく株価収益率(PER)や株式益利回りは、東証一部全銘柄ベースで、それぞれ26・66倍と3・80%であったが、明年3月期決算の予想に基づく試算では、それぞれ17・5倍と5・70%となる(植草一秀氏試算)。従って、業績相場という観点からは、日本の株価にはまだ上昇の余地がある。

【今後の推移は第三の矢「成長戦略」次第】
 ただし、明年3月期の業績予想、更にはその先の15年3月期の業績予想を左右するのは、アベノミクスの第3の矢、「成長戦略」の成否である。何故なら、第1の矢の金融緩和と第2の矢の財政出動だけでは、日本経済が持続的成長軌道に乗ることは出来ないと見られるからだ。金融緩和は、これ迄のところ、期待を通じて株高と円安に成功したが、株高の資産効果と円安の輸出促進効果だけでは、経済成長率はそれ程高まらないし、持続性もない。財政出動は、これ迄のところ経済成長を支えているが、昨年度の大型補正予算が本年度の経済を支えるのが最後であろう。今後は逆に、14年4月から3%、15年10月から2%、合計5%の消費税率引き上げで13兆円の増税を実施する構えを崩していない。
 次第に全容が明らかになってくる第3の矢が決定的な役割を担うことになるが、これまでのところ力不足である。法人税引き下げと損金算入期間の延長、混合診療の解禁、企業の農地所有の自由化、解雇規制の緩和など、分かり易い決定的な構造改革を避けているからだ。