「量、質共に大胆」な新しい量的緩和政策に対するコメント―成功しても失敗しても難しい政策運営に (H25.4.11)
―『世界日報』2013年4月11日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【新しい量的緩和政策の中身】
 日本銀行は、黒田東彦総裁の就任後初となる金融政策決定会合(4月4日)で、「量、質共に大胆」な新しい量的緩和政策を決定した。
 主な内容は、①昨年12月末に138兆円であったマネタリー・ベースを13年末までに200兆円、14年末までに270兆円と2年間で一気に2倍にする、②そのため長期国債の買いオペは、現在の2倍の月7兆円のペースにする、③これに伴い買いオペ対象国債の平均残存期間を現在の3年弱から7年程度まで延ばす、④13年中の上場投資信託の買い入れを5000億円から1兆円に、不動産投資信託の買い入れを100億円から300億円に増やす、などである。この結果、14年末の日銀資産の対GDP比率は約60%と米欧中央銀行の2倍以上になる

【新政策の実体経済に対する効果】
 市場は異例と言える量的緩和政策に驚き、政策公表直後から一段と円安、株高が進んだ。実体経済への効果として今後期待されているのは、ⓐ株価、地価など資産価格の上昇に伴う資産効果で消費や投資が活発化する、ⓑ潤沢なマネタリー・ベースを手にした金融機関が企業や個人への貸し出しやリスク資産への投資を活発化する、ⓒ長期金利の一層の低下や物価上昇期待で投資や消費が活発化する、などが一応考えられる。
 しかし、3月調査「日銀短観」が語っているように、企業の先行き観や投資行動はアベノミクスが市場で囃されている割にはこれ迄のところ慎重であり、今回の量的緩和策によってそれが直ちに変わり、ⓐ~ⓒの効果が現れるかどうかはまだわからない。アベノミクスの第一の矢(金融緩和)と第二の矢(財政出動)は既に放たれているが、企業は第三の矢(成長戦略)が本当に機能するかどうかを見極めない限り積極的に動けないのだとすれば、ⓐ~ⓒの効果はすぐには出ないかもしれない。

【今回の新政策が有する危険なシナリオ】
 今回の①~④の金融緩和措置は、ⓐ~ⓒの効果が期待される反面、いずれも大きなリスクを伴っており、一種の賭けとさえ言える。
 第一に実体経済への効果が小さいと、給料はあまり上がらない反面、地価、株価などの資産価格、貴金属・絵画骨董などの価格は大きく上昇して所得格差が拡大し、黒田総裁の目標通り14年末までに2%の物価上昇となると14年4月から消費税率3%引き上げも加わって4%のインフレ率となり、庶民の生活は著しく圧迫されるであろう。
 第二に、日銀の資産内容の劣化(期間長期化とリスク資産増加)と発行国債の7割を日銀が買い上げ事実上の財政ファイナンスが目立ち始め、その半面で実体経済が立ち直ってこないと円と日本経済の国際的信用が低下し、トリプル安(円安・株安・債権安=金利上昇)の危険性が高まってくる。

【成功すれば出口政策が難題に】
 第三に、アベノミクスの第三の矢とⓐ~ⓒの効果で経済が本格的に立ち直ってくる成功シナリオの場合は、資産バブルと2%以上のインフレを阻止するため、量的緩和の手仕舞い(出口政策)をしなければならないが、①②④のコミットメントの修正が難しい上、③の保有資産長期化は資産の縮小を難しくする。

【日銀は過去に2回出口政策に大失敗した】
 既にこの欄で何回か指摘したように、過去において日本銀行は出口政策に2回失敗して、国民生活に多大な迷惑をかけた。1回目が円切り上げ後の72~73年だ。「日本列島改造計画」を掲げた当時の田中角栄首相は、一層の円高と不況を阻止するため、超金融緩和継続の圧力を日銀にかけ、水面下では当時の佐々木直日銀総裁更迭の話が流された。こうした中で政策転換が遅れ、「過剰流動性インフレ」が発生し、74年には第1次石油ショックが重なって「狂乱物価」となった。
 2回目は、「ルーブル合意」後の87~89年だ。87年10月にニューヨークで「ブラック・マンデー」が発生すると、日本国内では景気上昇が加速し始めていたにも拘らず、一層のドル安を防ぐため、超金融緩和継続の要請が政府から日銀に加わり、87年~89年のバブル膨張と90年以降のバブル崩壊・金融危機、「失われた20年」となっていった。この時も水面下では、当時の三重野康日銀副総裁の総裁昇格人事が危ういという話が流れた。

【旧日銀法の政策指示権と総裁任免権を事実上行使した安倍首相】
 当時の旧日銀法は、太平洋戦争中の42年にナチス・ドイツの中央銀行法を真似て作ったもので、政府が日銀に対する政策指示権と、日銀総裁の任免権(首切り権)を持っていた。それが2度の大失敗の大きな背景にあることが認識され、98年4月に施行された現在の日銀法では政府の政策指示権は廃止され、金融政策は正副総裁3名と審議委員6名から成る政策委員会が決定することとなり、政府は政策委員会に対する議決延期請求権を有するのみとなった。また、正副総裁と政策委員会委員は国民の代表である衆参両院の同意を得て内閣が任命することとなった(但し在任中はその意に反して解任されない)。
 しかし今回は、丁度正副総裁の交代期に当ったため、安倍晋三首相は自分の政策を実行してくれる黒田氏を日銀に送り込み、事実上の総裁任免権と政策指示権を行使した。