次期日銀総裁は脱デフレとインフレ・バブル防止の両方向に手腕を発揮できる人を (H25.2.6)
―『世界日報』2013年2月6日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【麻生大臣の日銀総裁3条件】
 4月に任期満了を迎える日本銀行総裁の後任について、政府の人事案提示の時期が近づいている。麻生太郎副首相兼財務大臣は、総裁の適格条件として、@健康、A語学力、B大組織運営の経験、の三つを挙げているが、確かにこの三つは日本銀行総裁の「必要」条件である。

【国内外の頻繁な会議出席と講演】
 日本銀行総裁は、2カ月に1回開かれるBIS(国際決済銀行)の先進国中央銀行総裁会議に出席するほか、G7やG8、新興国を含むG20に出席するため、頻繁に海外出張する。海外中央銀行や国際機関からの講演の依頼もある。国内にいる時も、沢山の会議出席と講演をこなすほか、国会開会中は参考人として頻繁に衆参両院の委員会に呼び出される。このような国内外の会議出席や講演は、金融政策の説明責任(アカンタビリティ)を果たす上で、総裁の重要な仕事である。

【緊急時に米欧中央銀行総裁と真夜中の電話会議】
 更に、米国、欧州と並ぶ3大金融センターの一つである日本の中央銀行は、どこかの先進国の金融システムや市場に動揺が発生した時には、そのグローバルな波及を防ぐため、間髪を入れず米欧の中央銀行と協議し、共通の対策を講じなければならない。この場合の緊急連絡は、時差の関係で真夜中の電話会議になる。総裁は真夜中に起こされて、米欧の中央銀行総裁達と緊急に電話で打ち合わせることがある。

【健康と語学力は必須条件】
 国内外の頻繁な会議出席や講演と、緊急時の米欧中欧銀行総裁との真夜中の電話会議については、総裁の@健康、が必須の条件となるが、加えて海外での会議、講演、海外との電話会議は、総て総裁自らが直接英語で話さなければならない。A語学力、とくに英語を自由に話せなければ、現代の日本銀行総裁は務まらない。しかも日常会話ではなく、数字がポンポン出てくる金融の話であるし、駆け引きもある。総裁の語学力が劣るからといって、いちいち通訳を介したり、総裁の権限を持たない代理の役員が出れば、日本は著しく不利になるのは当然である。
 スイスのバーゼルに在るBISの総裁会議では、日本を朝発って、時差の関係で夕方に着くと、直ちに開かれる加盟国総裁全員の夕食会となるが、デザートに入る時から真剣な議論が始まる。いわゆるワーキング・ディナーである。この場合は通訳が入れないから、語学力のない総裁は著しく不利になる。

【大組織運営の経験も大切な条件】
 更に、麻生大臣が3番目に挙げたB大組織運営の経験、も大切な条件である。日本銀行は、15の局、室、研究所、32の国内支店、七つの海外駐在事務所を持つ大世帯である。この大組織のマネジメントのトップとして、下から上がってくる様々な案件を決済し、また役員会議(いわゆる丸卓)などの諸会議をリードしている。B大組織運営の経験、のない人、例えば純粋な学者には、とても困難であろう。
 しかも、総裁はこのようなマネジメントにのみ携わっているのではなく、下から上がってくる情報や意見を参考に金融政策の運営を考え、9人(総裁、2人の副総裁、6人の審議委員)から成る政策委員会政策決定会合を議長としてリードし、金融政策を多数決で決めていかなければならない。金融政策の決定と大組織のマネジメントの両方に責任を負う能力がなければ、総裁は務まらない。

【麻生3条件プラス金融政策の理論・実際・歴史の熟知が加われば充分条件】
 従って、麻生大臣が挙げた三つの条件は、確かに日本銀行総裁の「必要」条件ではあるが、「十分」条件ではない。四つ目は、C金融政策の理論と実際、およびこれ迄の歴史を熟知していることである。これが無ければ、日本銀行内部と政策委員会をリードし、また海外の中央銀行総裁と対等に渡り合うことは不可能であろう。グローバルな市場も、日本の金融政策を信頼しないであろう。

【デフレ脱却一辺倒の人は不適格】
 安倍首相は、「より大胆な金融緩和によってデフレ脱却を図れる人」を次期総裁の条件としているようだ。デフレ脱却と行き過ぎた円高の修正は、確かに緊急の政策目標である。しかし、2%のインフレ率に達した時は、2%以上のインフレや資産バブルを起こさずに、安定成長経路に軟着陸する政策転換が課題になる。米国の連邦準備制度理事会の議事録によれば、米国は現在の量的緩和から転換する「出口政策」の議論を始めているようだ。日本銀行総裁の任期は5年ある。「アベノミクス」が成功すれば、5年の間に必ず「出口政策」の局面を迎えるであろう。

【必ず訪れる量的緩和からの「出口政策」に手腕を発揮できる人を】
 日本銀行は、過去において、政府から円高防止のための金融緩和持続の要請を強く受け、政策転換が遅れて、72〜73年の大インフレ(74年には石油ショックで狂乱物価)と87〜89年の資産バブル(90年以降はバブルの崩壊で「失われた20年」へ)を起こした経験がある。インフレとバブルの抑制に失敗したこの歴史を忘れずに、脱デフレにも、インフレ・バブルの防止にも、両方向に手腕を発揮できる総裁こそが、いま求められているのである。デフレ脱却に偏り、インフレやバブルに対する警戒感を欠いた人物を総裁に選んではならない。