アベノミクスは機能するか (H25.1.10)
―『世界日報』2013年1月10日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【自民党圧勝、民主党惨敗の原因】
 昨年12月の総選挙における自民党圧勝と民主党惨敗は、既に多くの人が指摘しているように、前回の民主党支持票が今回の自民党支持票に戻ったからではない。自民党が獲得した比例得票数は、全有権者の16%、投票総数の28%に過ぎない。この自民党得票数(1635万票)は、1996年の小選挙区比例代表制が始まって以来、第一党となった党の獲得票の中で最低である(最高は2009年8月の民主党2984万票)。
 このような結果になった主因は、民主党に失望したものの、自民党は支持しない人たちが、@大勢棄権し、投票率が戦後最低の59・3%(前回09年は69・3%)に落ち込んだこと、A民主党、自民党以外の第3極に投票したが、第3極が多党化したために票が分散し、相対的に自民党を利したこと、の2点である。

【安倍政権のマクロ経済政策の内容と指令塔は明確】
 3代に及ぶ民主党政権は、多くの失敗をしたが、その中の一つとして、マクロ経済政策について党内に合意がなく、またその指令塔である国家戦略室もほとんど機能していなかったことが挙げられる。そのため民主党政権のマクロ経済政策は市場に信頼されず、また企業の先行き不透明感は改まらなかった。
 これに対して、今回安倍首相が打ち出した「アベノミクス」の内容はかなり明確であるため、市場は直ちに円安・株高方向に反応した。また指令塔も、マクロ経済を担当する経済財政諮問会議(首相・経済関係閣僚・日銀総裁・民間議員)を復活させ、ミクロ経済を担当する日本経済再生本部(首相・全閣僚・有識者)を新設し、その下に産業競争力会議(関係省庁・有識者)を置き、全体を甘利経済再生担当相が総括するなど、少なくとも指令塔の形は整った。

【民主党を失敗させた「トラウマ」】
 民主党は、かつて小泉首相のバックアップを得て経済財政諮問会議で活躍した竹中平蔵氏の新自由主義を厳しく批判してきたため、民間有識者を加えたマクロ経済政策の指令塔そのものも、政治主導に反するとして退け、経済財政諮問会議を休眠状態にした。そのため、マクロ経済政策がはっきりせず、指令塔もあいまいとなった。
 私は2011年に菅直人氏に面会した際その事を指摘したが、彼は「竹中批判がトラウマとなって、民主党の中ではマクロ経済政策の立案で民間有識者を使うことに抵抗感があるのだ」と述べていた。しかし、これは民間有識者を使わなくとも、自分たち政治家だけで適切なマクロ経済政策を考えられるという一種の驕りである。このために、民主党政権のマクロ経済政策が不明確となり、市場に横を向かれ、企業に信頼されなかったといえよう。

【安倍政権は民間有識者を積極的に活用する体制】
 安倍政権は、経済財政諮問会議を復活させ、そこに4人の民間有識者を入れることを決めた。4人のうち2人は、日本経済の現状を熟知した新感覚の現役経営者(東芝の佐々木則夫社長、三菱ケミカルHDの小林喜光社長)であり、あとの2人は高橋進氏(日本総研理事長)、伊藤元重氏(東大教授)というバランスのとれたエコノミストである。
 あとは、この陣立が本当に機能して適切な政策を実施できるかどうかである。安倍首相自身の言葉を借りると、「アベノミクス」は@金融緩和、A財政出動、B成長戦略、の3本から成るという。

【金融緩和の効果には限界】
 @金融緩和では、政府と日銀がアコードを結んで2%のインフレ目標を掲げ、これを実現するために一層の金融緩和を日銀に義務付け、必要ならそれを強制する日銀法の改正も辞さないという。しかし「流動性の罠」に陥った今の日本では、金融緩和だけでは実体経済の浮揚は限られるだろう。もし、インフレ率だけが上がり、実体経済の賃金や年金がそのままならば、企業収益は好転するが国民の生活は苦しくなる。賃金や年金の上昇が遅れて追い付いて来れば、企業収益は元に戻ってしまう。こうならないインフレ率の上昇は、実質成長率の上昇に伴う需給好転による場合で、これは金融政策だけでは難しい。

【財政出動は短期決戦型でなければ財政再建と矛盾】
 そこでA財政出動が必要になる。しかしこれも長期にわたれば財政再建と矛盾するから、短期決戦型の機動的需要刺激でなければならない。無駄を極力排除し、需要誘発効果の高い本当に必要な支出に絞った補正予算と来年度予算が組めるかどうかが問題になる。公共投資の拡大が、利権まみれの昔の自民党を復活するようでは、話にならない。

【成長戦略が機能するか否かにアベノミクス全体の成否が懸る】
 更に、短期決戦型の財政出動が成長率の持続的上昇に結び付くためには、それによって企業の期待成長率が上昇し、投資と雇用が長期的に増えなければならない。そこでB成長戦略による規制緩和、国際的経済連携協定網の拡大、投資助成などが必要になってくる。これは民主党政権も口にしていたが、実は挙がらなかった。安倍政権は本当に生産性向上による成長率引き上げが出来るのか。更に女性の就業率を引き上げて就業人口の増加を図ることも成長戦略として大切だが、用意は出来ているのか。