消費増税法案の二つの大きな問題点 (H24.8.9)
―『世界日報』2012年8月9日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【消費増税法案の二大問題点】
 消費税率を2014年4月から3%、15年10月から2%、合計5%引き上げて現行の5%から10%にする消費増税法案には、少なくとも二つの大きな問題点がある。一つは、この大幅増税に日本経済が耐えられるのか、もう一つは、増税で社会保障費に使わなくなった金を、国債減額と景気対策のどちらに使うのか、景気対策なら中身は何か、という問題だ。

【定性的に見た消費増税の成長押し下げ効果】
 5%の消費税率引き上げは、13・5兆円の消費増税となる。これを全額、年金、介護、医療などの社会保障費に充て、その分だけこれまで社会保障費を賄ってきた国債発行額を減額すれば、財政赤字は縮小するが、相当大きな実質成長率の押し下げ効果がでる。
 定性的に考えると、13年度に消費税引き上げ前の駆け込み需要で成長率が上振れするが、14年度にはその反動と、消費税率引き上げに伴う消費者物価上昇による家計の実質可処分所得の減少、消費税を転嫁できない中小零細企業の減益によって、成長率は大きく下振れする。15年度には上期に二度目の駆け込み需要による上振れ、下期に実質家計所得と企業収益の減少による下振れが交錯する。そして、13〜15年度を通計すれば、駆け込み需要とその反動は相殺されるから、家計可処分所得の実質5%減少と中小零細企業の減益の影響だけ、成長率は押し下げられ、その効果は16年度以降にも後を引こう。その結果、税収が減るので、消費増税分だけ財政赤字が減ることにはならないであろう。

【97〜98年度の厳しい経験】
 これらの数値が定量的にどの程度になるかは、シンクタンクの推計に任せるとして、一つの参考になるのは、97〜98年度の経験である。97年度予算は消費税率引き上げで5兆円、所得減税打ち切りで2兆円、社会保険料引き上げで2兆円、公共投資削減で4兆円、計13兆円の財政赤字を一挙に減らそうとした。その結果、実質成長率は、96年度に消費増税前の駆け込みもあって2・9%に達したが、97年度にゼロ成長、98年度にマイナス1・5%成長、99年度もプラス0・7%成長に押し下げられた。

【内外にリスクがある時の財政緊縮は危険】
 この時期は、97〜98年の大型金融倒産を含む金融システムの危機、97年秋のアジア金融危機も不況を増幅した。しかしこれらは、巨額の不良債権の存在など経済の基盤が弱い時や、海外経済にリスクがある時に財政緊縮政策を強行した報いとも言える。現在も、国内はデフレ基調を脱していないし、海外にはユーロ危機、米国経済の立ち直りの遅れ、新興国の成長減速などがある。内外にリスクがある時には、財政赤字圧縮の成長押し下げ効果が大きくなる危険性が高いという97〜98年度の教訓を忘れてはならないであろう。

【消費増税を公共事業の拡大に使いたい自民、公明】
 第二の問題点に移ろう。岡田克也副首相は、記者会見で「消費税増税で社会保障費から押し出された分は、国債発行を減らすのが基本だ」と語ったそうだが、民主、自民、公明の3党合意で消費増税法案に加えられた付則18条2項には、消費税率引き上げで消費税収が増えて「財政の機動的対応が可能となる中」、経済が落ち込まないよう「成長戦略や、防災、減災」に金を重点的に回すと書いてある。これを受けて自民党では「国土強靭化基本法案」を成立させ、10年間で200兆円(4分の1が国費)の公共投資を実施する構想がでており、公明党も「防災・減災ニューディール」を言いだした。
 消費増税で国民から吸い上げる血税を公共事業に使うと言うのだ。消費増税の成長押し下げ効果を小さくするためとはいえ、これでは話が違うのではないか。法案に賛成している国民は年々増加する社会保障費を賄うために消費増税を受け入れるつもりなのである。

【法案の「景気条項」を忘れるな】
 もっと国民の立場に立った筋の通った考え方は出来ないのか。法案の付則には、経済状況等を総合的に勘案した上で、その施行の停止を含め所要の措置を講ずるという、いわゆる「景気条項」が盛り込まれている。また20年までの平均経済成長率は、名目で3%、実質で2%程度を目指す数値目標も記載されている。野田佳彦首相は、この数値は「政策努力目標」だとし、2〜3%の経済成長が実現しなくても、増税の判断は妨げられないとしているが、最終決定の13年秋の首相が野田氏である保証はない。

【国内がデフレ基調で海外のリスクも大きい現状では、成長を持続させることを最優先せよ】
 国内がデフレ基調で海外にリスク要因が多い現状では、消費増税は行わず、成長戦略による持続的成長を優先すべきではないか。国内が貯蓄超過で自国通貨の円建で発行する日本の国債にデフォルト・リスクはない。財政赤字は、持続的成長を実現すれば自然増収で縮小してくる。仮に消費増税を実施する場合も、毎年1%ずつ小刻みに消費税率を引き上げ、年間の成長下押し効果を小さくし、駆け込み需要を長引かせる手がある。
 社会保障費から浮いた金を使う場合には、公共事業ではなく、国民が負担する予定の復興増税10・5兆円に振り向け、復興債を償還して増税をやめにするという方法もある。これなら消費増税を使っても国民は納得するであろう。