ユーロ危機に煽られる日本 (H24.6.13)
―『世界日報』2012年6月13日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【ユーロ危機で株価が下落】
 ユーロ危機で世界の金融市場が不安定化し、世界同時株安となっているため、日本は景気と企業業績が緩やかに回復しているのに、株価が大きく下がっている。危機のユーロ、回復の遅れが目立つ米国のドル、成長減速の新興国通貨に比べると、円が相対的に安全な資産とみなされて世界の投資家の選好が強まり、円高が進んでいることも、日本の市場心理を冷やしている。

【ユーロ圏周縁国の悪循環】
 震源地のユーロ圏周縁国(ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペイン、イタリア)では、財政赤字拡大、金融システム不安、実体経済不況の三つの間で、負の悪循環が進んでいる。
 リーマンショック後の景気対策と金融支援で支出が膨張し、景気後退で税収が減った周縁国の財政は赤字が著しく拡大し、EU(欧州連合)やIMF(国際通貨基金)から支援を受ける条件として、財政緊縮政策を義務付けられている。それでも国債の償還不安は消えず、周縁国の国債は市場で大きく値下がりしている。
 この国債の値下がりに伴う保有国債の評価損と緊縮政策による不況が生み出す不良債権の増加により、リーマンショックで損失を受けた民間金融機関の資産内容は更に悪化し、債務超過に陥るリスクが高まり、預金流出で経営が追い詰められている。このような時には、97〜98年の日本や08〜09年の米国が行ったように、民間金融機関に政府と中央銀行が果敢に資金を注入して金融システム不安を鎮めるのが常道である。しかし、いまの周縁国政府には、財政緊縮政策の下でその余力がない。民間金融機関は、自力で債務超過を防ぐため、顧客への与信を減らし、景気後退を拍車している。その結果、政府の税収は更に減り、財政赤字は一層拡大する。

【ユーロ圏諸国は価格調整を出来ない】
 この悪循環に出口がないように見える一つの理由は、ユーロ加盟国には為替調整(価格調整)の手段がないため、財政緊縮政策という所得調整によって国民の所得水準を引き下げる以外に、財政収支と対外収支の双子の赤字を縮める政策手段がないことだ。普通の国であれば、このような場合、為替相場の下落によって輸出が伸び、輸入が減り、対外収支の改善、景気の回復、税収増加と財政赤字の縮小が進む。

【「最後の貸し手」も存在しない】
 もう一つの理由は、ユーロ圏周縁国に明確な「最後の貸し手」が存在しないことだ。ユーロ加盟国の中央銀行は、ECB(欧州中央銀行)傘下のユーロシステムを構成しているが、自国の信用秩序を維持するために、緊急時にはたとえ無担保でも民間金融機関に貸出を行う権限(日本の「特融」に相当)を持っていない。資金供給は有担保の貸出と買オペであって、適格な担保や債券に窮した金融機関は救済されない。IMF、EFSF(欧州金融安全基金)、ESM(欧州安定メカニズム)の資金援助は政府に対してであって、直接民間金融機関へは行かない。

【所得調整だけに頼る無理】
 このようなユーロ圏を維持する残された道は、財政緊縮政策を条件としたEFSFやESMのアドホックな政府援助ではなく、ユーロ圏内の対外収支黒字国から赤字国へ財政資金を流す内在的な恒久システムを作ることだ。ユーロ圏諸国の間では、産業構造も生産性上昇率も違い、労働移動にも制約があるので、為替調整の出来ない共通通貨ユーロを持てば、対外収支の恒常的な黒字国と赤字国に分かれるのは当たり前だ。早い話、本州と北海道を二つの国に分けて共通通貨円を持てば、本州は黒字、北海道は赤字になるが、交付税や補助金で国債の発行代金や本州の税収を北海道に流しているから、一つの共通通貨圏日本で居られるのだ。

【強い国から弱い国へ財政資金を流す制度が必要】
 ユーロ共同債発行による赤字国へのインフラ投資、ユーロ圏全体の失業保険制度による赤字国への相対的な保険給付増、共通不動産税による黒字国への相対的増税などがユーロ圏にビルトインされた財政資金の還流対策として考えられる。黒字国民が税金を赤字国民にやりたくないのならば、始めから共通通貨圏を作ろうという政治的野心を持たなければ良かったのだ。

【日本とユーロ圏周縁国との根本的違い】
 このようなユーロ圏周縁国の姿を見て、明日は日本の姿かと警告を発する人々がいるが、日本とユーロ圏周縁国とでは、条件が根本的に違うことを忘れてはならない。
 第一に日本は、共通通貨圏に入っていないから、為替調整という政策手段を持っている。万一双子の赤字に陥れば、財政緊縮政策による所得調整だけではなく、円安による価格調整によって赤字縮小と成長を両立させることが出来る。
 第二に日本は、経常収支が赤字ではなく黒字であり、国内は貯蓄超過(資金余剰)で、その累積で世界最高の資産超過国である。11年末現在、家計部門の金融資産マイナス負債の残高は1126兆円で、一般政府の負債マイナス金融資産の625兆円を大きく上回っている。国債残高の93%は国内で保有されている。
 第三に日本は、自国通貨建の国債なので、「最後の貸し手」である日本銀行が国内に居る。事実上、国債が全部外貨建となって、大半を他のユーロ加盟国が保有している周縁国とは訳が違う。