消費増税法案成立を急ぐな―日本の国債は暴落しない (H24.5.9)
―『世界日報』2012年5月9日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【小沢元代表が消費増税、TPP、原発再稼働に反対する理由】
民主党内最大の小沢グループは、野田内閣の三大課題である消費税率引き上げ、TPP(環太平洋連携協定)加盟交渉参加、停止原発再稼働に反対の立場をとっている。無罪判決を得た小沢一郎元代表が、グループを率いて反対運動を本格化させるかもしれない。しかし、彼はこの三つに原理的に反対している訳ではない。
小沢元代表は、少子高齢化の下で社会保障制度を維持するには、消費税率の引き上げは不可避だと考えているが、その前に、権限と資金を地方に移譲することによって財政支出の無駄を省き、中央政府をスリム化すべきだと主張している。また、経済が弱い時には増税はすべきではないと述べている。このため、今の消費増税法案には反対なのである。
TPP加盟交渉参加についても、小沢元代表はFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)を張り巡らす戦略に反対している訳ではない。彼は自由貿易論者だ。しかし、いまの対米追随の野田政権が、米国とTPP加盟交渉を進めることに危険を感じ、反対しているのだとテレビで明確に述べている。停止原発再稼働についても、その進め方に問題があると言っているのであって、いま直ちに原発を全廃せよとは言っていない。
【消費増税法案の行方を巡る二つの政治シナリオ】
今後の消費増税法案の行方については、大きく二つのシナリオが考えられる。
@野田政権が自公の対案をほとんど丸呑みし、話し合い解散を条件に、民自公の多数で成立させる。この場合、小沢グループは、採決時に反対し、離党して新党を作るだろう。
A民主党は9月の代表選まで党内結束を最優先とし、消費増税法案は継続審議とし、代表選後に改めて野党と話し合う。この場合、小沢グループは党内に留まり、9月の代表選に候補を立てて、野田首相と雌雄を決する。
@の場合、消費増税に政治生命を懸けた野田首相のメンツは立つが、総選挙の結果、民主党は惨憺たる有様になるであろう。地方分権を進め、消費増税の実施を阻止すべしという橋下徹氏の維新の会、それに連動する小沢新党などに民主党票が喰われるからだ。
Aの場合、勝負は来年に持ち越されるので、民主党内は小沢支持か反小沢か、民主単独か連立か、などいろいろな選択肢が考えられる。消費増税を始めとする主要政策は仕切り直しで来年の通常国会に提出され、それが否応なしに来年の総選挙の争点となろう。
【消費増税法案の成立が遅れても自国通貨建国債は暴落しない】
いま消費増税を決めないAのシナリオだと、「何も決められない日本」という事になって、市場で日本の国債が売られて暴落し、国債を大量に保有している日本の金融機関には大きな評価損が発生し、ギリシャと同じような危機に陥ると真剣に心配している財界人がいる。大新聞の論説の中にも、そのような論調がある。彼等はAのシナリオは亡国のシナリオで、消費増税法案は絶対に成立させなければいけないと主張している。
しかしこの人達は、ギリシャを始めとするユーロ圏の国の財政と、自国通貨を持つ日本や米国の財政との根本的違いが分かっていないようだ。自国通貨を持つ国では、自国通貨建て国債のデフォルト(償還不能)は起こらない。政府は中央銀行から自国通貨を調達して、国債を償還できるからだ。しかし、それを続けていけば規律が失われて財政インフレが起こり、政府は債務者利得を得て国債残高の対GDP比率は低下するが、国民は債権者損失を蒙り実質資産が減価する。またインフレで為替相場は下落し、所得水準は外国に比し低下する。
【外貨建国債、ユーロ建国債は暴落のリスクがある】
かつて中南米で国債のデフォルトが起こったのは、外貨建ての国債で借金したため、外貨不足でデフォルトしたのだ。ギリシャが国債の全額償還が出来なくなり、話し合いで踏み倒したのは(秩序あるデフォルト)、自国通貨建てではなくユーロ建てであったため、政府保有のユーロが足りなくなったからである。ヨーロッパ中央銀行は、簡単にはユーロを貸してくれない。要するにユーロ圏の政府の国債は、外貨建て国債と同じである。その上、為替相場切り下げも出来ないので、国民生活を犠牲にするような緊縮政策によって、財政と貿易収支の双子の赤字を直す以外に道はない。
【日本の財政赤字縮小は必要だが「待ったなし」ではない】
自国通貨建ての国債の場合は、デフォルトは起こらないが、財政規律が失われ、インフレを通じた国民の犠牲によって双子の赤字が直るとい点では、ギリシャ型と同じである。従って、自国通貨を持つ日本で国債のデフォルトが起こらないからと言って、財政赤字縮小の努力を怠ってよい訳ではない。
日本では日銀による対政府貸付や国債引き受けは禁じられているので、政府は日銀から簡単には円を調達出来ないが、特例法を作れば可能だ。従って、消費増税法案を直ちに成立させないと、ギリシャと同じことが日本で起きるというのは、誤りである。デフォルトの心配がないのであるから、国債が値下がりして金利が上昇すれば、ゼロ金利政策で運用に悩む法人と個人が一斉に買いに向かい、結果的に国債を買い支えるであろう。