不透明な新年度の政治経済 (H24.4.12)
―『世界日報』2012年4月12日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【野田首相が担う三つの重要課題―TPP、消費税、原発】
新年度に入り、5日遅れで12年度予算も成立したが、日本の政治、経済の先行きには不透明感が漂っている。
野田首相は内閣発足当時、融和を旨とし、慎重な運営を心掛けてきたが、かねてこの欄で指摘してきた通り、融和よりも決断を優先し、慎重よりも果断な運営に踏み切らなければ乗り越えられない重要な経済の課題が、少なくとも三つある。TPP(環太平洋連携協定)加盟交渉参加、増税の内容と時期、停止原発再稼働である。
いずれも国論を二分するような賛否両論があり、そこには複雑な利害関係が絡んでいる。しかし、これらは日本の将来を左右する重要な問題であり、決定を先送りすれば、日本経済の活力は益々失われ、取り返しのつかない事態が起きる可能性もある。
【野田首相の「君子豹変」】
野田首相がこれらの課題に対し、初めて決断を示し、指導力を発揮したのは、昨年11月のTPP加盟交渉参加を決めた時であった。次いで年末には、首相自ら民主党税制調査会合同総会に出席し、深夜に至るまで反対者と真剣な討論を行い、「社会保障と税の一体改革素案」がまとまった。野田首相は「君子豹変」したという印象を国民に与えた。
しかし、この二つの問題の難しさはむしろこれからである。TPP加盟交渉の具体的な内容が伝わる度に、野党は勿論、与党内の反対派からも批判が繰り返されるであろう。TPP加盟をバネにして、アジア諸国とのFTA(自由貿易協定)網やEPA(経済連携協定)網を拡げていく戦略に反対する人は少ないであろうが、農業、医療などの各論に入れば、複雑な利害を背景に、与野党の族議員から再び反対の声が強まるであろう。
【ゼロ成長、マイナス成長を招いた97年度超緊縮予算と同規模のネガティブ・インパクト】
増税問題は、もっと厄介だろう。これ迄のところ、国会の議論は消費税率引き上げの是非に偏っているが、今回の増税改革の全体像と実施時期に関心が移れば、与野党を超えて賛否が二分されるのではないか。
2014年4月と15年10月の1年半の間に、消費税率を5%台引き上げ、合計13兆円強の増税を行うのである。これは、消費税率2%引き上げ・所得減税打ち切り・社会保障国民負担増加・公共投資削減で一挙に13兆円の赤字縮小を意図した97年度超緊縮予算と、経済に与えるネガティブ・インパクトの規模は同じだ。更に今回は、復興債償還のため、所得税(13〜37年に7・5兆円)と個人住民税(14〜23年に0・6兆円)の増税が加わる。97、98年度の結果は、ゼロ成長とマイナス成長で財政赤字を逆に増やしてしまった。
【非現実的な名目3%、実質2%の目標】
連休明けの国会では、日本経済がこれらの大型増税に耐えられるのか、耐えられないとすれば増税の内容と時期をどう変えるかに議論が移るであろう。政府が提出する消費増税関連法案の付則には、増税停止規定ではないものの、成長率を「名目3%、実質2%程度に早期に近づける」と書き込まれた。これは政府の成長戦略(11〜20年度)の平均成長率と同じだが、現実の経済の推移を見ると、14年度以降の平均成長率がこのように高くなるとは考え難い。現に日本銀行政策委員の12年度と13年度の成長率見通し(中央値)は、プラス2・0%とプラス1・6%だ。13年度にプラス1・6%に鈍化する成長率が、何を契機にして14年度以降に平均2%になるというのであろうか。
【現状において既に勢いを欠く景気立ち直り】
現状においても、景気の立ち直りは勢いを欠いている。3月調査「日銀短観」における大企業製造業の「業況判断(DI)」は、前回12月調査の「悪化超」4%ポイントから横這いで好転せず、先行きも「同」3%ポイントとほとんど良くならない。タイ大洪水の影響から立ち直って順調に回復しているかに見えた鉱工業生産は、2月に前月比1・2%の減少となった(予測調査は1・2%の増加)。落ち込みは一時的かも知れないが、生産回復に勢いがないのは確かだ。
【政治決断が求められる原発再稼働】
貿易収支(通関ベース)も、輸出の停滞と輸入数量・価格の上昇によって、昨年8月から今年2月まで赤字を続けている。輸出の停滞と輸入価格の上昇は、ユーロ圏の経済不振、中国の成長鈍化、原油高騰などの海外要因による面が大きい。しかし、原発停止・火力発電増加に伴うLNG(液化天然ガス)の輸入急増と価格上昇、電力の不足に伴う輸出の生産制約などの国内要因による面も大きい。この国内要因こそが、第三の課題、停止原発の再稼働問題と深く係わっている。夏の電力需要期を控え、安全基準の明確化とこれをクリアした停止原発再稼働の政治決断が求められている。
【三つの課題を前にして政治の先行きも不透明】
このように、三つの経済的課題がどうなるかは不透明であるが、これを実行する政治の先行きもまた不透明である。橋下徹大阪市長の「大阪維新の会」の国政進出、「石原新党」の結成、無罪判決を受けた場合の小沢一郎氏の行動などが連携して動き出すと、性急な消費増税反対などの点で三者の間に政策的共通点があるだけに、三つの経済的課題の帰趨も変わってくるであろう。その時は、民主対自民・公明という既成政党の与野党対立の枠組みを超えて、政治が動くのではないか。