「待ったなし」は消費増税ではなく成長軌道の確立だ (H24.3.11)
―『世界日報』2012年3月12日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【国政は消費増税問題に集中していてよいのか】
 消費税率引き上げ関連法案の国会提出予定が3月末に迫り、国政の争点は、国会の表の議論でも、裏の折衝でも、2年も先の消費税増税問題に集中してしまった感がある。しかし足許では依然としてデフレと経済成長の停滞が続き、東日本大震災からの復興と福島第一原発の事故処理も遅々としている。

【デフレ克服、成長促進、震災復興、社会保障制度再建の議論はおざなり】
 国政はこれでよいのか。これでは日本の将来に大きな禍根を残すような問題が、少なくとも二つ発生する。一つは、中期的課題である財政赤字の縮小を最優先し、目先の課題であるデフレ克服、成長促進、震災復興などをなおざりにすることによって、国民生活の基盤を崩し、結局中期的課題も達成不可能になる恐れがあることだ。もう一つは、前のめりに消費増税路線を走るあまり、その前提となる行財政改革による無駄の排除や将来の社会保障制度の設計が、ご都合主義の与野党妥協でお座成りになっていることだ。

【野田首相の「待ったなし」は財務省の振り付け】
 最近、野田佳彦首相は、消費税増税は「待ったなし」だとしきりに強調している。ここで消費税率引き上げを決めておかないと、日本の財政赤字抑制に展望が立たないと世界の市場関係者に見られ、ギリシャなどEU周辺諸国と同じように国債の暴落(長期金利の急騰)に見舞われて、経済の運営が窮地に立たされるという、財務省筋の振り付けに乗っているのであろう。

【橋本首相も「待ったなし」と言って超緊縮予算を執行】
 財政赤字削減が「待ったなし」の所に来ているという発言は、かつて、1997年の通常国会において、時の橋本龍太郎首相が繰り返し述べたことと同じである。後に橋本首相や梶山官房長官(当時)が述べたところによると、この時2人の手許には、消費税率引き上げの悪影響は一時的で94〜96年度と3年間続いたプラス成長は97年度以降も続く、という経済見通しが経企庁(当時)から提出されており、また財務省からは、巨額にのぼる不良債権の存在は報告されていなかった。このため橋本内閣は、消費税率2%引き上げで5兆円、所得税定率減税打ち切りで2兆円、社会保障負担増加で2兆円、公共投資削減で4兆円、合計13兆円の財政赤字を一挙に削減する97年度予算を成立させ、執行した。

【橋本首相の「待ったなし」が「失われた10年」の始まり】
 結果は、97年度がゼロ成長、98年度がマイナス成長となり、その中で拓銀、長銀、日債銀、山一証券の大型金融倒産を含む金融危機が発生した。景気の落ち込みで97年度の税収は1・8兆円しか増えず、財政赤字は2・1兆円しか減らなかった。翌98年度には、税収が4・5兆円減り、財政赤字は10・4兆円も増えた。この時から日本の政府債務残高対GDP比率は先進国中最高となり、成長率は最低となり、デフレが始まった。
 97年秋にアジア金融危機が発生したが、ゼロ成長とマイナス成長に陥った97年度と98年度の純輸出は、共に成長に対してプラスの寄与をしていたので、これがGDP落ち込みの主因だという説は誤りである。
 橋本首相にとって「待ったなし」だったのは、財政赤字削減ではなく、94〜96年度と3年間続いたプラス成長を97年度以降も維持し、不良債権の処理を進めて金融危機を防ぐことであった。そうすれば、税収も徐々に増え、財政再建も少しずつ進んだことであろう。

【橋本緊縮予算と同じ13兆円の赤字削減インパクトを加えようとしている野田首相】
 橋本首相(当時)がやや乱暴であったのは、消費税率の2%引き上げに加えて、所得増税・社会保障負担増・公共投資削減で合計13兆円の赤字を減らそうとしたことである。野田首相は消費税率引き上げ以外の赤字削減策は考えていないようなので、そこだけ見ればデフレ・インパクトは小さいかも知れない。しかし、14年4月に3%(7・5兆円強増税)、15年10月に2%(5兆円強増税)、合計1年半の間に5%(13兆円弱増税)の消費税率を引き上げるインパクトは、額において橋本緊縮予算と大差ない。それに復興債償還のための10・5兆円増税が12〜14年の法人税(2・4兆円)、13〜38年の所得税(7・5兆円)、14〜24年の個人住民税(0・6兆円)にかかって来る。

【日本経済は大幅増税直前の13年度に早くも成長は鈍化する見込み】
 日本経済は、果たしてこれらの増税に耐えられるのであろうか。3月に終わる11年度の成長率は、東日本大震災やタイ大洪水の影響により、若干のマイナス成長になる蓋然性が高い。12年度はその反動と、約20兆円の復興予算の効果で大きく成長率が高まることが期待されていたが、見通しは政府が2・2%、日銀は2・0%、民間の平均は2%弱である。その上、大増税直前の翌13年度には、日銀も民間も1%台半ばの成長率に早くも鈍化すると見ている。
 これで15〜16年度に13兆円の消費税増税を実施したらどうなるのか。政府の成長戦略では11〜20年度の平均成長率は2%となっているが、出だしの11〜13年度で2%を下回り、そこに大増税が加わるのだ。

【日本経済を確りした成長軌道に乗せることこそ「待ったなし」】
 いま「待ったなし」なのは、消費増税ではなく、復興予算の効率的な執行、復興を助ける規制緩和、成長戦略の精力的な実践などによって、日本経済を確りした成長軌道に乗せ、税収を増やし財政赤字を減らすことではないか。