日本の轍を踏む米欧の経済 (H23.11.9)
―『世界日報』2011年11月9日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【デフレ、低成長、財政赤字拡大は1997年度が起点】
 「日本でデフレ(継続的な物価水準の下落)が始まり、経済成長率は先進国中の最低となり、政府債務残高対GDP比率は先進国中最高となったのは、いつ頃からか?」。この問いに正確に応えられる人は、以外と少ない。バブル崩壊直後の90年代始めからとか、三つは別々の時期から始まったとかいう人が多い。
正しくは三つとも1997年度を起点としている。全国消費者物価(除く生鮮食品)の年度平均が継続的に前年比マイナスとなったのは、98〜04年度の7年間であるが、97年度には消費税率が2%引き上げられたので、これを調整すると、97年度から8年間、前年比は継続的にマイナスである。その後05〜08年度には一時前年比がプラスとなったが、09年度以降は再び前年比のマイナスが続いている。
 経済成長率は、高度成長が終焉した後も、80年代までは平均で4%台中頃を維持し、先進国中最高であった。バブル崩壊後の90年代も、96年度までの7年間は平均で2%強であり、先進国中最低ではなかった。しかし、97年度のゼロ成長、98年度のマイナス成長を境に成長率はガックリと落ち、今日に至るまで平均すると1%強と先進国中の最低である。
 政府債務残高の対GDP比率は、96年末現在、純比率では先進30カ国の中頃であり、粗比率ではベルギー、カナダ、ギリシャ、イタリアよりは低かった。それが97年から急上昇し、粗比率では99年に、純比率では08年に、先進国中最高となった。

【1997年度の13兆円の赤字削減予算の衝撃】
 デフレの開始、経済成長率の低下、政府債務残高対GDP比率の上昇という現代日本経済の三つの病苦の起点となったのは、1997年度だ。この年は、消費税率の2%引き上げで5兆円、所得税定率減税の打ち切りで2兆円、国民の社会保障負担の増加で2兆円、公共投資の削減で4兆円、合計13兆円の財政赤字削減予算を4月から執行した年である。95年度にプラス2・3%成長、96年度にプラス2・9%成長と順調に回復していた日本経済は、この巨額の財政赤字縮小の衝撃により、97年度4〜6月期から98年度4〜6月期までの5四半期間、プラス成長は10〜12月期のみで、あとは全部マイナス成長となり、97年度平均はゼロ成長、98年度平均はマイナス1・5%成長となった。
 このような経済の落ち込みの原因として、この年の8月頃から始まったアジア通貨危機の影響を強調する人がいる。しかし、この時期に日本の輸出が減少したのは97年7〜9月期、98年1〜3月期、4〜6月期の3四半期だけである。それよりも、97年4〜6月期から98年4〜6月期までの家計消費の落ち込み、97年1〜3月から99年1〜3月までの住宅投資の長期下落、98年1〜3月期から10〜12月期までの設備投資の下落の方が、97、98年度のゼロ成長、マイナス成長に遥かに大きく寄与した。

【金融危機の発生と期待成長率の低下】
 巨額の赤字削減予算の衝撃は、実体経済に対する直接の影響だけではなく、企業と金融機関の「期待」に対する悪影響を通じて、間接的に経済を下振れさせた。一つは、96年度までの経済回復の中で生じた収益によって、バブル崩壊で発生した不良資産を着実に償却していた企業と金融機関の一部が、自力回復を諦めたことである。97年11月以降98年にかけて、拓銀、日長銀、日債銀、山一証券などの大型金融倒産を含む金融危機が発生し、景気後退を一段と深刻にした。今一つは、倒産を免れた金融機関と企業は、厳しいゼロ成長の環境でも生き延びることの出来る経営体質を目指し、雇用、設備、債務の「三つの過剰」の解消に努めたことだ。この期待成長率の低下こそが、雇用、設備、銀行信用の縮小を通じて現実の成長率を低下させ、デフレを継続させたのである。この事態に直面し、政府は金融機関への救済融資と景気刺激策を増やし、政府債務残高は急増した。

【現在の米欧の成長率低下、金融危機は97年度以降の日本と同じ】
 以上は過去の日本の話である。しかし、現在の米国とユーロ圏の話と二重写しに聞こえるのではないだろうか。バブルの崩壊で資産側が減価したバランスシートを正常化するには、支出の削減(家計・企業)や与信の縮小(金融機関)で所得を蓄積するほかはなく、このようなバランスシート調整が続いている間は日本でも米欧でも景気が下振れる。
 ゼロ金利政策、量的緩和政策などの果敢な金融緩和政策も、この景気下振れを反転させることは出来ない。財政拡張政策はやがて財政赤字の壁にぶつかる。日本はその赤字を一挙に縮小しようとして金融危機を起こし、一層の低成長と財政赤字とデフレを招いた。米国はいまや金融緩和でこれ以上打つ手を失い、財政拡張政策は与野党の対立で先へ進めない。これでは経済成長の減速は不可避だ。
 ユーロ圏は財政赤字拡大に伴うソブリン・リスクがギリシャで火を噴き、これに対処するため、金融機関保有のギリシャ国債の減価、欧州金融安定基金の拡充による金融機関への公的資本注入とギリシャ政府への支援を行っている。米欧のマクロ政策の限界、金融危機、低成長の悪循環は、かつての日本と同じである。