節電の陰に大きな経済的損失 (H23.9.13)
―『世界日報』2011年9月13日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【「電力使用制限令」が復興のテンポを減速させた】
東京電力と東北電力の大口需要家に対する「電力使用制限令」(前年比15%節電)が、9月9日までに解除された。今夏の電力不足の危機は無事乗り切れたようだ。
しかし、節電努力による電力危機の回避は、手放しで喜べるような事であったのか。企業と家計が様々の工夫によって節電に協力し、電力不足による大規模停電の発生や「電力使用制限令」の再強化が回避されたことは良かった。しかし、節電努力の陰で、大きな経済的損失が発生したことを見逃してはならないだろう。企業の節電努力は生産能力を低下させ、家計の節電努力は消費活動を萎縮させ、復興初期の大切な時期に、日本経済の立ち直りに制約を課し、減速させたのである。
【7〜9月期の生産回復は急減速】
日本の鉱工業生産は、東日本大震災が発生した3月には前月比マイナス15・5%と急落し、4月も同プラス1・6%増と殆んど底を這った。これは多くの工場が被災し、また全国のサプライ・チェーン(原料・部品の供給網)が寸断されたためで、やむを得ない。しかしその後、被災工場やサプライ・チェーンの復旧に伴って5月は前月比プラス6・2%、6月は同プラス3・8%と生産は急回復した。この時点の製造工業生産予測調査によると、7月は同プラス2・2%、8月は同プラス2・0%と急上昇を続け、早くも大震災発生前の水準を回復する予定であった。
ところが「電力使用制限令」が実施された7月以降は、生産の回復は突然失速し、7月は同プラス0・6%と予測の2・2%を大きく下回り、8月と9月の生産予測調査は同プラス2・8%および同マイナス2・4%と上昇は足踏みをする。実績が予測通りになると、4〜6月の3カ月にプラス12・0%と急回復を示した生産は、7〜9月の3カ月にプラス1・0%と頭打ちになる。
【生産回復の急減速は生産能力の低下が主因】
この生産回復の急減速は、供給面(生産能力の低下)と需要面(需要の減少)の双方から起こっていると見られるが、7月の動きから判断すると、「電力使用制限令」による生産能力の低下という供給面の要因の方が大きいように思われる。第一に、7月の鉱工業生産者の製品在庫は、前月比マイナス0・2%減と前月(同マイナス2・8%減)に続き2カ月連続して減少しており、生産能力の回復が出荷の回復に追い付いていないように見える。
第二に、7月の鉱工業総供給(国産と輸入の合計)は、前月比マイナス2・2%の減少となったが、財別にみると最終需要財が同マイナス0・5%の減少にとどまったのに対して、生産財は同マイナス3・6%の大幅減少となった。最終需要の減少よりも、生産の頭打ちに伴う中間財需要の落ち込みの方が大きかったように見える。
【節電は国内需要の萎縮も招いた】
このように、7月以降の生産減速は、供給面の要因の方が大きいように思われるが、需要面に減速要因が全くなかったとは言えない。7月の鉱工業出荷は、生産能力の頭打ちに伴い、前月比プラス0・2%の増加にとどまったが、このうち輸出向けは同プラス1・0%増、国内向けは同マイナス0・4%減となった。国内向け出荷は5月(前月比プラス7・4%増)、6月(同プラス8・3%増)と急回復していたが、7月に減少に転じた背景には、節電に伴う経済活動萎縮の影響があったのではないか。
【生産回復の遅れで貿易収支の黒字転換にも遅れ】
やや長い目で見て心配なことがある。4〜6月期の実質GDP(一次速報値)は、前期比年率マイナス1・3%の減少となったが、これは純輸出の寄与度がマイナス3・0%に達したためで、国内需要の寄与度はプラス1・7%であった。4〜6月期は、生産能力の回復が国内復興需要に追い付かず、輸出向けを抑えて国内向けに振り向けた。それでも足りず、輸入も増やした。このため「純輸出」(輸出マイナス輸入)は急減したのである。
通関ベースの貿易収支(季調済み)は、4月に赤字に転落し、5月の4500億円をピークに赤字は縮小し始めたものの、7月現在、まだ1305億円の赤字である。「電力使用制限令」による生産能力不足を考えると、7〜9月期全体の「純輸出」の成長寄与度もマイナスかもしれない。
海外需要については、バブル崩壊後のバランスシート調整が長引いているために米欧の景気は停滞しており、バブルやインフレを抑制するための引き締めで新興国の景気は減速している。円高もやや急である。しかし、それらによる需要鈍化よりも前に、日本自身の生産能力の頭打ちで、輸出に商品が回せないのである。
【野田新内閣は安全停止原発の再稼働を含め長期電力不足の懸念を払拭せよ】
野田新首相は、停止中の原発は、ストレス・テストなど十分な検査を行って安全を確認し、地元の了承を得て再稼働するが、新規原発は作らず、老朽原発は廃止すると述べた。しかし、それでこの冬は、「電力使用制限令」なしに乗り切れるのか。企業と家計が、節電努力をせずに復興活動を拡大し、経済を持続的成長経路に乗せることが出来るようにすることが、野田新政権の使命ではないのか。