電力制約が復興のネックに―回復の減速を決定的にした菅首相 (H23.7.14)
―『世界日報』2011年7月14日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【「ジャスト・イン・タイム」システムの裏目が出た3月と4月】
東日本大震災の発生から4カ月余り経ち、ようやく経済の復興が始まった。
大震災が発生した3月には、鉱工業生産が前月比マイナス15・5%と大きく落ち込み、4月も前月比プラス1・6%とほとんど底を這う状態が続き、前年の水準を13・6%も下回ってしまった。被災地の生産が止まっただけではなく、被災地の工場から原料や部品の供給を受けていた日本全国の工場で、生産が止まったからだ。経営合理化のため、普段から大量の原料・部品在庫を持たず、「ジャスト・イン・タイム」システムを実施していた日本企業の経営努力が、危機に際して裏目に出た。国内の工場だけではなく、内外企業の自動車、電機機械、精密機械、一般機械などの海外組み立て工場も、日本からの原料・部品の供給が止まってダウンした。
【大きく復旧した5月と6月】
しかし、この最悪期は約2カ月で終わり、5月の鉱工業生産は前月比プラス5・7%と大きく立ち直り、製造業生産予測調査によると6月も前月比プラス5・3%と更に回復する見込みである。被災地の工場とサプライ・チェーン(原料・部品の供給ネットワーク)の復旧が進み始めたためだ。もし6月の生産実績が予測通りであれば、6月は大震災直前の2月を4・5%下回る水準まで回復することになる。
このまま行けば、7月以降、大震災による落ち込み前の水準を抜いて順調に回復していくように見える。しかし、事態はそれ程甘くはない。
【復興需要に生産が追い付かず輸出が減少、貿易収支は悪化】
5月の生産は前月比プラス5・7%と大きく伸びたが、実は、これでも復興需要の伸びには追い付いていないのだ。5月の鉱工業出荷は、生産の高い伸びを背景に、前月比プラス5・3%と大きく伸びたが、復興需要に伴う国内向け出荷は前月比プラス7・4%と更に大きく伸びた。このため輸出に回す余力が無くなり、鉱工業輸出は5月も前月比マイナス1・0%の減少となった。
国内復興需要の中心は、被災工場とサプライ・チェーンの復旧に必要な資本財(除、輸送機械)に対する需要である。5月の資本財(同)供給は、国産が前月比プラス17・0%、輸入が同プラス6・4%、合計は同プラス14・7%と著しく伸びた。これが5月の生産活動の復旧をサプライ・サイドから支えたのである。
しかし、これらの資本財(同)は、自動車と並んで、日本の輸出の主力商品である。それを復興需要に優先的に回しているため、鉱工業輸出は生産の回復にも拘らず、3月から3カ月続いて前月比で減少している。他方鉱工業輸入は、国内の復興需要を反映して増加基調にあるうえ、金額ベースでは国際商品市況の高騰により更に増えている。このため通関ベースの貿易収支は3月から5月まで一貫して悪化傾向を辿っており、5月は8855億円の赤字となっている。
【電力の制約で生産回復が足踏みする7月と8月】
このような貿易収支の悪化は、復興需要の伸びに生産能力の回復が追い付かない間の一時的な現象であれば、大きな問題はない。生産能力の一層の回復につれて輸出余力が回復し、貿易収支も再び黒字基調に戻るからである。
しかし、実はここに深刻な問題がある。生産能力回復の前途に不安が出ているからだ。
製造工業生産予測調査によると、前述のように、6月は前月比プラス5・3%と高い伸びを続けるが、7月は同プラス0・5%とほとんど頭打ちになる。これは、電力需要がピークを迎える今夏の節電対策として、7月と8月に工場などの大口電力需要者に対して、15%の節電が義務付けられているためである。各企業は、平日と週末の休日振り替え、サマー・タイム実施など様々の工夫をこらしているが、全体としてみれば、6月までの鉱工業生産の回復テンポは二カ月間足踏みすることは避けられないであろう。
【7〜9月期は折角の復興需要に生産が応えられず、低成長、雇用停滞、貿易収支悪化】
そうなると、折角の復興需要の盛り上がりに生産が十分に応えられない状態が続き、そのシワが貿易収支の悪化に寄る状態も改まらないであろう。その影響は、当然雇用回復の足踏みにもつながる。全体として日本経済の立ち直りは先送りされ、9月から急回復したとしても、7〜9月期のプラス成長は小幅にとどまるであろう。
【安全停止原発の夏場再稼働に3か月何も手を打たなかった菅首相】
東日本大震災の1カ月後、4月12日付の本欄で指摘したように、復興需要に十分な電力供給を確保しなければ、経済回復が足踏みすることは目に見えていた。将来の在り方として再生可能エネルギーの比重を上げ、原発の比重を下げることに異論はない。しかし、目先の復興需要を賄い、日本経済を回復軌道に乗せるためには、安全停止中の原発の再稼働は不可避である。検査や対策を講じる時間は三カ月もあったのに、菅首相は無為に過ごし、今頃突然ストレステストを言い出し、海江田経産大臣の停止原発再稼働の努力を水泡に帰し、経済復興の減速を決定的にした。