民主党政権の何が悪かったのか (H23.6.14)
―戦略目標、組織運営、対米戦略
―『世界日報』2011年6月14日号“Viewpoint”(小見出し加筆)


【民主党には単独で政権を担う能力が無かった?】
 ポスト菅をにらんだ、民主党、自民党の期限付き大連立構想が出てきた。それぞれの党の内部や両党間にはさまざまの思惑があるので、果たしてどうなるか、現時点では予断を許さない。しかし特例公債法案成立の目途も立たず、夏以降の本年度予算の執行はもとより、第2次補正予算や震災復興の財政的裏付けも欠いた現状では、両党間で何らかの妥協を図らざるを得ないであろう。
 それにしても、2009年秋に政権交代が実現し、万年与党の自民党に代わって民主党が政権の座に就いた時、誰がその後2年足らずの間の民主党政権の体たらくと支持率低下、参院選、統一地方選の民主党の連続敗北を予想し得たであろうか。今にして思うと、かつて福田元首相・自民党総裁と小沢元民主党代表の間で大連立の話が出た時、「今の民主党には政権を担う能力が無いから、政権与党の経験を積む必要がある」と述べた小沢氏の見方が当たっていたのかも知れない。

【政権交代は何のためか?】
 民主党政権には何が欠けていたのか。
 第一は、何のために政権交代をするのかという根本的な戦略目標、いわば政権交代の大義が不明確だ。万年与党の自民党を引きずり降ろして、自民党がやってきたことを今度は民主党がやるといった程度の話か、それとも自民党がその上にあぐらをかいていた日本のシステムを刷新するという話か。
 08年の総選挙における「国民の生活が第一」というスローガンとマニフェストには、日本のシステム刷新の気迫が感じられた。国民はそれを支持したのではなかったのか。企業収益率はバブル期のピークを上回って最高を記録しているのに、雇用者所得は10年前の水準にも回復していない状況の下で、「国民の生活が第一」のシステムに変えるという訴えが国民の心に響いたのではないか。

【マニフェストから無原則に後退】
 自民党がバラ撒きの「4K」と非難する子供手当などは、そのための政策ではなかったのか。教育、雇用、医療など人間の尊厳を護り、国民生活の基盤を強化する戦略目標が、マニフェストには見えていた。
 しかし、この2年たらずの間に、そのマニフェストからズルズルと無原則に後退し、法人税率の引き下げなど自民党政権がやっていたことを民主党政権が代わって行うだけの政権交代に変わって行ったのではないか。「脱小沢」の権力闘争が「政治とカネ」に関する自民党との違いを示すという一人よがりは、全然国民の心に響いていない。

【官僚主義打破と官僚排除の混同】
 戦略目標の欠如と並ぶ第二の欠陥は、行政組織を使う能力の無さである。官僚主義反対、規制緩和は正しい。万年与党自民党の下で、官僚が時代遅れの規制を墨守し、国民生活と経済活動の発展を阻げ、無駄使いを増やし、時には政治家に正しい情報を伝えずに官僚主導の大失政を犯したこと(例えば98年の金融危機)を総点検し、規制の改革、無駄の排除、官僚主導政治の根絶を図る行政システムの改革を実行することは、民主党政権に期待された役割である。
 しかし、いつの世にも適切な規制は必要であり、その担い手は官僚である。いかなる政権も、官僚を使わずして行政組織を動かし、政策を実行することは出来ない。官僚主義反対、規制緩和だから、規制を担ってきた官僚を排除するというのは馬鹿げている。

【組織人の経験を欠いた民主党首脳】
 民主党政権は、いきなり電話で話を切り出したり、会議を作って議論を始めたりすることが多過ぎる。行政組織も組織である以上、時前の根回しで意志の疎通を計り、感触を掴むことは円滑な運営にとって不可欠である。市民運動家、弁護士、松下政経塾の出身者は、人前で解説したり論争することは上手でも、組織人としての経験が乏しく、人を動かす人情の機微に欠けるのではないか。

【日米関係対等化の道筋が違う】
 第三に欠落していることは、大きな世界戦略、とくに対米関係に関する長期的視野の欠如である。普天間基地問題の不用意な打ち出し方とその挫折が典型であるが、東アジアが台頭し、日本にとって益々重要な地域となりつつある今日、これ迄の対米一辺倒の関係をどう修正して行くかについては、周到な進め方が必要である。
 世界の経済、政治システムの中で、米国の圧倒的な役割が後退して行くことは明らかである以上、過度の対米依存関係の修正はあまり急がなくても自然に進むのではないか。それよりも、世界全体の経済発展、地球温暖化対策などの中で、アジアに存在する技術先進国日本がどのような役割を果たして行くかを確りと決め、実行していく中で、おのずから日米関係の対等化も進んでいくのではないか。
 アジアを中心とするEPA網の張り巡らしについても、ASEAN+3や+6の場に固執せずに、TPPの場を積極的に利用し、むしろ米国に対中国牽制の役割を果たしてもらうぐらいで丁度よいのではないか。
 以上の民主党政権に欠ける三つの欠陥を、ポスト菅政権が熟考することを期待したい。