復興の前途に大きな不確実性 (H23.5.16)
―『世界日報』2011年5月16日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【中期シナリオに上振れ、下振れの可能性】
東日本大震災から2カ月ほどたち、今後の日本経済について様々の予測が行われている。中心的シナリオは、経済活動が4〜6月期に大きく落ち込んだ後、7〜9月期に底を打ち、本年度下期から来年度にかけて本格的な回復が始まるとする見方だ。日本の株価が比較的しっかりしている背景も、年度下期以降の企業業績回復予想があるためだ。
しかし、前途には大震災の影響、対策、海外経済の動向などを巡って大きな不確実性がある。それ如何で中期シナリオが大きく上振れ、下振れする可能性がある。
【大震災の悪影響はいつまで続くのか】
大震災の影響によって、被災地の社会資本と企業設備の喪失、全国のサプライチェーン(材料・部品の供給ネットワーク)の寸断、東日本の電力不足などの供給ショックで目先は生産活動が大きく低下し、国内外への出荷が落ち込んでいる。これが需要面でも、雇用と時間外賃金の減少による個人所得の低下と消費マインドの悪化によって家計支出を下落させ、また企業マインドの悪化によって設備投資を下押ししている。
問題は、このような供給面、需要面の悪影響がいつ迄続くかについて、大きな不確実性が存在することだ。先月12日の本欄で指摘したように、安全停止中の原発の発電能力を電力需要ピーク時に使うかどうかによって、7〜9月期の回復力は大きく違ってくる。
【下振れと上振れのシナリオ】
供給制約解消の実績と見通しは、目先7〜9月期の動向を左右するのみならず、年度下期以降の企業マインドと消費マインドを左右し、中期的な日本経済の成長力に対する予想にも響いてくる。その結果、企業の生産拠点の海外移転や国内の設備投資の規模が変わり、中期的な復興需要の大きさを左右するであろう。また、家計の消費態度や住宅計画に響き、中期的な家計支出のトレンドも左右されるであろう。
その結果、もし供給制約による本年7〜9月期と10〜12月期のもたつきが企業と家計のマインドに響き、来年以降の期待成長率が下がると、企業の投資、雇用、賃上げは抑制され、家計支出は停滞し、現実の成長率も下がってしまう。
逆に、供給制約の解消が着実に進み、日本経済の復興・成長戦略に対する官民の取り組みに弾みがつけば、復興が「ビッグ・プッシュ」となって期待成長率が高まり、現実の中期成長率が2・5〜3・0%の軌道に乗ることも夢ではない。
【増税先行の計画は危険】
どちらに振れるかを左右する大きな心理的要素は、6月末までに決まるとされている復興構想会議の「青写真」と、政府の「税と社会保障の一体改革」であろう。後者は財政規律を重んじ、一定の消費税率引き上げ構想を含むことは当然予想される。しかし、それが前者の復興の「青写真」にも投影され、復興後の被災地と日本経済の明るい姿を描くよりも、増税による「復興国債」償還の話にスポットライトが当たると危険である。
国民を励ます復興の「青写真」も出来上がらないうちに、支出抑制効果のある増税の話をするとは何事か、という国民の怒りの声が、既に新聞の投書欄に出ている。増税が前面に出てくると、企業と家計のマインドを冷やし、復興の足取りを下振れさせることは間違いない。
【復興の「青写真」と「税・社会保障の一体改革」は明確に区別せよ】
復興の「青写真」と「税・社会保障の一体改革」は、前者が中期、後者は長期の課題として明確に区別し、両者を別勘定で処理すべきである。前者の勘定は一回限りの赤字拡大と中期的な赤字解消、後者の勘定は長期的な赤字縮小トレンドである。両者を合わせた財政全体が一時的に悪化しても、それが前者の一回限りの赤字拡大の反映であり、後者の着実な赤字解消トレンドが確保されているのであれば、何も恐れることはない。
【2.5〜3.0%の成長軌道に乗るまでは増税の逆噴射は避けよ】
財政全体の目先の赤字拡大に脅え、早々と増税を打ち出すのは愚策である。中期的な復興国債償還のための時限的復興税も、長期的な社会保障改革のための消費税率引き上げも、日本経済が2・5〜3・0%の中期的成長軌道に乗り、税の自然増収を見極めることが出来てからの話だ。それ迄は逆噴射とも言うべき増税は一切行わないことを、政府は明確にすべきである。いま一番大切なことは、中期的な財政の悪化に耐えて、長期的に財政を改善していく日本経済の底力を示すことだ。
【海外環境にも不確実性】
最後に海外環境の不確実性も見逃せない。米国では家計の過重債務が解消していない中で、住宅投資の低迷が続き、雇用情勢の改善は遅々としている。EU諸国では、周縁国のソブリン問題を巡る懸念が、金融市場の動揺を通じて実体経済に下押し圧力を加え、それがソブリン問題に跳ね返る悪循環が続いている。
また、原油や食料品の値上がりは、一方では資源国の景気過熱とインフレのリスクを高め、他方では日本など先進国を含む非資源国の交易条件悪化と輸入インフレによるスタグフレーションのリスクを高めている。これらもまた前途の大きな不確実性である。