順調に回復する日本経済の前途に二つのリスク (H23.3.10)
―『世界日報』2011年3月10日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【年明け後の日本経済は順調に回復】
 日本経済はリーマン・ショックから立ち直り、2009年10〜12月期から10年7〜9月期まで、4四半期連続してプラス成長を遂げた(通計プラス4・9%)。10〜12月期は一時足踏み状態(前期比マイナス0・3%)となったが、年明け後再び回復軌道に乗っている。
 これを端的に示しているのは、鉱工業生産の動向である。鉱工業生産は実質GDPに先立って昨年6月から10月まで5カ月間の生産調整(通計マイナス5・4%)を経たあと、11月から本年1月まで3カ月連続して大幅に上昇した(通計プラス6・8%)。製造工業生産予測調査によると2月と3月も上昇を続け、3月の生産水準は生産調整前のピーク(昨年5月)を3・0%上回る見込みである。

【昨年10〜12月期の足踏みは家電・乗用車の買い急ぎの反動と世界経済拡大の鈍化】
 10〜12月期の実質GDPの足踏みや6〜10月の鉱工業生産の調整は、主として二つの要因によるものである。一つは特殊要因による耐久消費材需要の増加が09年10〜12月期から10年7〜9月期の間に起こり、その反動減が10〜12月期に生じたことである。10年4月から家電製品のエコポイント制度の対象が絞られたことに伴う薄型テレビなどの買い急ぎとその反動減、夏の猛暑に伴うエアコン需要の一時的急増、9月上旬にエコカー補助金が打ち切られたことに伴う乗用車の買い急ぎとその反動減、などがそれである。
 もう一つの要因は、昨年中、米欧先進国と新興国の双方において、リーマン・ショック後の経済の急回復が次第に鈍化し、日本の輸出の伸びも昨年下期に鈍化したことである。

【年明け後の回復は、雇用・賃金の改善、投資の回復、世界経済再拡大による】
 しかし、本年に入り日本経済は再び回復軌道に乗ってきた。それには三つの理由がある。
 第一に雇用者数と実質賃金が昨年秋以降前年を上回って上昇しているため、雇用者所得が徐々に回復している。買い急ぎとその反動という一時的攪乱はあったものの、家計消費の緩やかな回復基調は崩れないと思われる。第二に住宅投資、設備投資、在庫投資は、雇用者所得と企業収益の回復を背景に、昨年来の緩やかな増加基調を続けるとみられる。第三に昨年下期に鈍化した世界経済の拡大テンポは、本年に入り新興国・資源国の力強い成長が続き、米国も財政刺激の追加によって、二番底を回避するとみられるため、再び昨年上期のペースに戻り、日本の輸出の伸びも回復してくると思われる。

【本年度中にリーマン・ショック前のピークを超えられるかどうか】
 この三つの要因から判断して、本年1〜3月期は再びプラス成長に戻り、10年度の日本経済の平均成長率は3%程度になると思われる。これはバブルが崩壊した91年度以降、最高の成長率となるかも知れない。もっともこれは、リーマン・ショックの影響で、08年度がマイナス4・1%、09年度はマイナス2・4%と2年続いて大幅に落ち込んだことの反動である。前述した本年3月の鉱工業生産の予測水準も、リーマン・ショックによる落ち込み前のピークに比べれば、まだ1割低い。
 日本経済の本当の実力が問われるのは本年度である。三つの要因が持続し、リーマン・ショックによる落ち込み前のピークを超えて成長していけるかどうかが、注目される。

【前途に現れた二つのリスク:原油高と予算関連法案不成立の恐れ】
 ところが、最近前途に二つの大きなリスクが出てきた。
 一つは中東の騒乱に伴う原油価格の上昇である。既に兆している資源・食料品価格の上昇傾向がこれで強まると、日本は輸入価格の高騰によって、コスト・プッシュ型の物価上昇となり、企業収益の圧迫と家計購買力の削減が起きる。デフレは解消するが、景気にはマイナスだ。マクロ的に見れば、輸入価格が輸出価格を大きく上回って上昇し、交易条件の悪化によって日本の所得が海外に奪われる。
 もう一つのリスクは、国内の政治リスクだ。11年度予算案は本年度内に成立することが決まったが、予算関連法案の参議院可決、あるいは否決された場合の衆議院の3分の2の再可決、の見通しが立たなくなった。野党は、菅首相では修正の話し合いに応じて賛成に回ることはないと言っているし、民主党内から16人の会派離脱希望者が現れたからである。

【内閣総辞職も解散も政策決定の遅れと先行き不安感を生む】
 公債特例法案が通らないと、税収と20兆円の政府短期証券枠で金繰りをつけられる限界が6月にくるので、7月以降は政府の機能が止まる。その前にも国債の下落で長期金利が上昇し、景気に悪影響が及ぶだろう。税制改正法案が通らないと、中小企業の法人税優遇など日切れ法案に基づく多くの減税措置が無効となり増税になる。つなぎ法案で泳ぐとしても、経済への心理的悪影響は避けられない。
 菅首相が退陣し、民主党の代表選挙を経て後継首相が選ばれる場合にも、政治空白が生じるし、菅首相が解散を強行した場合は、3月中だと11年度予算も関連法案も廃案になり、最悪の事態になる。4月以降の解散でも、総選挙でどの党も絶対多数はとれないであろうから、連立や政界再編に時を費やし、その後に廃案となった予算関連法案の作り直しと国会審議が始まる。政策決定の遅れと先行き不安感による経済へのダメージは計り知れない。