経済成長に自信を取り戻せ (H23.1.11)
―『世界日報』2011年1月11日号“Viewpoint”(小見出し加筆)
【米欧経済の「日本化」】
90年代から2002年頃にかけての日本経済の低成長、いわゆる「失われた10年」をみて、米国ではバブル崩壊後に果敢な金融緩和を行わなかったからだという批判が多かった。デフレは貨幣的現象なのに、貸出やマネーストックを十分に増やしていないと言うのだ。
ところが、一昨年と昨年の米欧ではまったく同じことが起きた。米国では銀行貸出が収縮し、マネーストックの前年比はかつての7%台から最近では3%以下に落ちている。ユーロ圏でも銀行貸出は増えず、マネーストックはかつての10%前後から一時は前年比マイナスとなり、最近でも1%以下である。
その中で、消費者物価のインフレ率もどんどん低下し、米国のコアインフレ率は昨年4月から前年比1%を割り込み、10月は0・6%まで下がった。ユーロ圏では一昨年に一時マイナスとなり、最近でも2%以下である。いわゆる米欧の「日本化」だ。
【バランスシート調整が続いている間は貸出とマネーストックは増えない】
リーマンショック以降、かつての日本と同じように、米欧は事実上のゼロ金利政策と極端な量的緩和政策を実施し、財政面からも大規模な景気刺激を行った。それにも拘らず、日本と同じ低成長に陥り、デフレ化の懸念が出ているのだ。かつての日本も、現在の米欧も、中央銀行は民間の金融資産を大量に買い上げ、ベースマネーを巨額に供給している。このため、中央銀行の保有資産の対GDP比率は、5〜10%から15〜25%に上昇し、ベースマネーは、かつての日本と現在の米国では2・5倍に、ユーロ圏は1・5倍に増えている。それにも拘らず、銀行貸出もマネーストックも増えないのである。
これは、資産バブルの破裂に伴い、かつての日本では企業と銀行に、現在の米欧では家計と金融機関に、巨額の不良資産が発生したからである。この不良資産を圧縮して正常なバランスシートに戻すため、企業や家計は支出を抑え、金融機関は信用供給を抑えている。このようなバランスシート調整が続いている間は、かつての日本も、現在の米欧も成長率は低下し、需給ギャップの拡大でインフレ率は下がり、デフレ化のリスクは大きくなる。
【米欧のマクロ経済政策は手詰まり】
金融政策の有効性低下に対処して財政で景気刺激を追加しようとしても、これ迄の財政拡張で赤字が拡大し、国債のデフォルト・リスクから国債価格が急落するいわゆる「ギリシャ問題」が起こり、アイルランド、ポルトガル、スペインなどにも広がっている。このためユーロ圏では、財政政策は景気刺激に使えない。
米国は財政赤字がGDPの10%を超えているのに大型減税を継続するため、8580億jの財政刺激を追加する構えだが、早くも市場で国債価格が下落(長期金利が上昇)しているので景気刺激効果は限定されよう。6000億jの量的緩和の追加、いわゆる「QE2」も、為替相場の引き下げ競争や新興国・資源国のバブルを助長するとして、昨年11月に韓国で開かれたG20で新興国から手厳しく批判された。世界経済の機関車である米国経済が良くなる政策は、世界が歓迎するに違いないと自負していた米国は冷や水をかけられ、時代の変化を痛感したことであろう。
マクロ経済政策が手詰まりとなった米欧経済は、バランスシート調整が終わるまで低成長に甘んじざるを得ないのではないか。米欧のいわゆる「失われたX年」だ。
【日本は米欧とは異なる】
この点、バランスシート調整の終わっている日本は違う。昨年の日本の経済成長率は、10〜12月期がゼロ成長であっても、前年比プラス4・5%となり、同期が若干のマイナス成長であっても、4%台は固い。米国の2%台、ユーロ圏の1%台を大きく上回る。
日本は一昨年の落ち込み幅が大きかったので、昨年のリバウンドも大きかったという説明が、米国との対比では言えるかも知れないが、ユーロ圏は落ち込みが大きいのにリバウンドは小さい。やはり、昨年の日本では米欧とは異なり、バランスシート調整がないので、大きくリバウンドすることが出来たとみるべきではないか。
【政府はもっと期待成長率を高める努力を】
日本の政策当局は、日本経済の成長にもっと自信を持ち、民間の期待成長率の引き上げに努力すべきである。22歴年の4%台成長の可能性を政府が先頭に立って指摘し、IMFの経済見通し(日本は2・8%成長)を4%台に修正させるべきだ。また昨年10〜12月期と本年1〜3月期がゼロ成長でも、22年度の成長率は3・5%に達するにも拘らず、政府は1・4%、日銀は2・1%という低成長の見通しをそのままにしている。政策当局がこのように低い成長率の見通しを示しているから、民間も先行きの成長に自信が持てないのだ。
対外的にはEPA網でアジアの内需を取り込んで輸出と直接投資(海外からの受取所得)を伸ばし、対内的には規制緩和、法人税改革、日銀の低利リファイナンスで成長戦略産業を育てることで、潜在(期待)成長率を高めていけば、デフレも自ずと解消し、米欧に先んじて新しい成長経路が開けてくるのではないか。