政府・日銀一体で期待成長率引き上げを、インフレ・ターゲット論は時代遅れ (H23.1.1)
―鈴木淑夫へのインタビュー(『世界日報』2011年1月元旦号)
――「デフレは貨幣的現象」として政府がインフレ率の目標値と達成期限を定め、日銀が期限内に目標を達成できなければ総裁を解任するといった「日銀法改正案」を国会に提出する動きがある。
「今や、インフレ・ターゲット論は時代遅れもいいところだ。日本は1980年代後半に物価が安定しているからといって資産価格(株価や地価)のバブルにブレーキをかけるのが遅れ、90年代にバブル崩壊不況に陥った。それを見て欧州では国際決済銀行などで、中央銀行は物価だけを監視していてはだめだ、資産価格にも注意を払わなければならないとの議論が進んだ。しかし、米国ではグリーンスパンFRB議長(当時)がバブルかどうかは破裂してみないと分からないと厚顔無恥なことを言って資産バブル(住宅バブル)を放置したが、その結果、(サブプライムローン危機が発生し)、世界中を巻き込んで金融と経済は大混乱に陥った。中央銀行がインフレ率だけを見ていたら、大失敗をする」
――米国では歴代のFRB議長がバブルが崩壊しても果敢な金融緩和政策を行えば経済は安定化すると言って、日本の金融政策を批判していたが。
「米国は資産バブルが崩壊した後、(ゼロ金利政策や金融機関から国債などを大量に購入する量的緩和政策など)果敢な金融緩和政策を行った。その結果、ニューヨーク連銀の保有資産残高は対国内総生産比で5%程度だったものが15%程度と3倍に膨れあがり、ベースマネーの供給量は2・5倍にもなった。しかし、実体経済はどうなっているかというと、昨年初めからGDP成長率はどんどん下がってきているし、コアで計った消費者物価上昇率は前年比で1%を割り込み、10月は0・6%とデフレ入りの恐怖にさらされている状況だ」
――一時的には金融システムの安定化に役立ったが、銀行融資やマネーサプライは増えず、家計消費や設備投資など民間の活性化につながらなかった。
「大規模な資産バブルが崩壊すれば、不良資産(不良債権)が大量に発生して民間のバランスシート(資産・負債状況)が大幅に悪化する。米欧では住宅バブルが崩壊したため、家計と金融機関に不良資産が発生した。だから、家計は消費が増やせず住宅投資もできなくなった。その一方で、金融機関の方は住宅ローンが回収できない、さらには、住宅ローンを組み込んだ各種のデリバティブ商品が大幅に値下がりしたため、信用を拡大することができなくなった。(バブルの規模が大きければ大きいほど)このバランスシート調整は長引く。そうすれば、民間の期待成長率は下がり、企業は設備投資、雇用拡大、賃上げを控える。だから、大幅なデフレギャップが生じるし、同じ規模のデフレギャップの下でも余計、物価が下がる」
――長期デフレ不況の根本的な原因はバランスシート調整下でマクロの需給ギャップが拡大し、民間の期待成長率が大幅に低下したことにあるということだが、米国は昨年11月に新たな量的金融緩和政策(QE2、国債など6000億ドルの有価証券購入)に踏み切り、10年間で8580億ドルもの包括減税政策を発動しようとしている。
「米国は自国がナンバーワンで、米国が良くなることは世界が良くなることだと自賛しているが、QE2は昨年11月に韓国で開かれたG20で新興諸国からドル安誘導政策であり、世界中にバブルを引き起こすもので、身勝手なことをするなと批判された。財政出動策にしても、マーケットは資産バブルがまた起きると見て警戒し、長期金利が上昇している。長期金利が上がったら景気にブレーキが掛かり、景気刺激策にはならない。米国は今、経済政策上、大変なジレンマに立たされている」
――昨年10月以降、日銀が新たに新機軸として打ち出している包括的金融緩和政策の狙いは。
「福井俊彦総裁の当時は金融機関の日銀当座預金口座にベースマネーを積むだけだったけれども、金融機関はバランスシート調整のため(積極的な)民間融資につながらない。そのため、民間部門から直接金融資産を買い上げて、ベースマネーを直接供給するということを行っている。民間部門の期待成長率を引き上げて、マクロの需給ギャップを改善し、デフレから脱却するのが狙いだ。第一の柱は総額30兆円枠の固定金利方式共通オペレーションで、3カ月物のCPだけでなく、6カ月物も購入するようにして、6カ月物金利の引き下げを誘導している。第二は、総額5兆円の特別枠で長期・短期の国債と社債・CP、そして事実上、株と土地を買うことにした(株価指数連動型投資信託と不動産投資信託)。第三の柱は、上限3兆円で成長戦略産業への金利0・1%でのリファイナンスだ」
――欧米弱体化の中、日本はどのような国家経済戦略を採るべきか。
「政府・日銀一体となって国内的には、新成長戦略産業を育成するとともに、アジアの新興国に対して環境やエネルギー、社会資本整備の面で協力しながら、直接投資を活発に行い、アジア新興国の経済基盤を大幅に強化する。そして、アジアが機関車役になって世界経済を引っ張っていく必要がある。現在、アジアの世界経済成長への寄与率は6割ある。その意味で、法人実効税率の5%引き下げというのは評価できるが現在、世界経済は非常事態だから、一時的には財政赤字が膨らんでも成長戦略産業育成などに積極的に財政からのてこ入れを行う必要がある。民間の期待成長率が高まれば必ず長期デフレ不況を克服し、中期的に財政は再建できる」