法人税を減税し法人税収を増やす方法がある (H22.12.8)
―『世界日報』2010年12月8日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【大詰めの来年度法人税制改正】
 来年度の法人税制改正が、政府税制調査会と民主党税制改正PTで大詰めを迎えている。成長戦略の一環として、国際的にみて高い法人税の基本税率を、5%引き下げようということが、基本構想らしい。しかし、その財源を巡って、さまざまの議論がでており、中には財源が足りないから5%を圧縮しようという無原則な意見まである。

【政府と経済界の駆け引き】
 法人税を5%下げた場合、政府は国税で1・4兆〜2・1兆円の減収になると試算している。政府はその財源として、租税特別措置や減価償却制度の根本的見直しによる課税ベースの拡大、欠損金の繰越控除の上限設定など10項目で最大2・6兆〜4・5兆円を捻出する案を出してきた。勿論政府は始めからこの案を全部実現する積りはなく、業界との話し合いで、法人税引き下げに必要な額に軟着陸する腹積もりである。
 法人税率引き下げの財源を、法人増税で賄うこの案に対して、経団連の米倉会長は「減税と引き換えに課税ベースを拡大するなら、もう結構と言わざるを得ない」と猛反発した。しかし、五十嵐財務副大臣(税制担当)の「効果の薄い租税特別措置をやめて、税率をあまねく引き下げた方が成長と雇用を促進する効果がある」という考え方の方が正論だ。米倉会長は交渉の駆け引きとして、先ず強く反発して見せたのであろう。

【ネット減税が増税か】
 しかし、その後の政府や財務省の言い分を聞いていると、あわよくば法人税の引き下げに必要な額よりも、租税特別措置の廃止などの課税ベース拡大による財源手当てを大きくし、ネット増税に持っていきたそうな気配が窺われる。これには経済界のみならず、民主党の税制改正PTも反対し、「減税見合いの財源に固執するあまり、かえって増税になって経済成長を阻害しては元も子もない」と反発しており、最終提言では逆にネット減税の案を政府税制調査会に提出したようである。

【政府と経済界の歩み寄り】
 その後、政府と経済界は少しずつ歩み寄っているようだ。政府は租税特別措置の目玉ともいうべきナフサ免税の縮小を諦めたらしい。国際的にもナフサ減税は一般化しているからだ。同じく課税ベースを大きく浸食している研究開発減税についても、政府は特定の業種・企業に偏り過ぎているとしているが、経済界の維持・拡充の要望は強い。政府は特別償却の廃止などを含め、租税特別措置の整理で、1兆円近い財源を確保したいようだ。
 他方、経済界は減価償却制度や受取配当の益金不算入制度の見直し、欠損金繰越控除の上限設定については、譲歩する構えをみせているようだ。減価償却については、既に設備投資促進策として大幅に加速度化しているし、また受取配当だけを優遇するのは、預金、債券等他の資産運用との間で中立性を欠いているので、この二つで譲歩するのは賢明かもしれない。しかし、それにしてもネット増税になるのではないかと、経済界は疑心暗鬼である。

【50%の上限設定が先走り損金算入期間延長の議論が不十分】
 実は法人税をネット減税にして、しかも来年度の法人税収を増やす魔法のような手がある。それは、私がかねてから政府と民主党に提案している「欠損金算入期間の延長(減税)と上限設定(増収)」である。しかし、この点の議論はまだ十分行われていないようにみえる。政府は法人税減税の財源対策としての上限設定には熱心であるが、期間延長の意味は十分検討されていないのではないか。
 繰越欠損金の控除は当期利益の50%までで、残りの50%の利益については法人税を納めるという政府案を23年度に実施すると、22年度が大幅な増益なので、私の試算では5000億〜1兆円の増収が期待できる。多額の欠損金を抱えているため、大幅な黒字に転換していながら一文も税金を払わない大銀行や鉄鋼大手などが社会的責任を果たすことになる。大銀行は、公的資金の投入で救われた社会的恩恵を自覚し、上限設定に反対すべきではない。

【企業ネット増収は回避せよ】
 50%ではないが、30%の上限設定は、ドイツやオーストリアでも増収策として行われている。しかし、両国の場合、欠損金算入期間は無期限なので、その効果は法人税収の前倒し平準化にとどまり、企業の税負担は変化しない。ところが日本の算入期間は7年である。従って、50%の上限設定の場合、算入期間を14年以上に延長しないと、企業に対するネット増税となり、また繰越税金資産の取り崩しで自己資本が毀損するという悪影響がでる。
 この悪影響は、黒字転換までに長期を要するバイオ、新エネルギー、環境、医療機器、情報通信、大型農業など、これから伸びてほしい成長戦略産業でとくに大きい。成長戦略の一環である法人税改革が、成長産業に打撃を与える愚を犯さないために、今後は算入期間の延長を真剣に検討して欲しい。
 海外の例を見ると、ヨーロッパは無期限、米国は20年、アジアではシンガポール、香港が無期限、韓国、台湾は10年である。日本が14年以上にしても、決して長い方ではない。