始動した金融政策の新機軸と株価反騰 (H22.11.10)
―『世界日報』2010年11月10日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【日本の「失われた10年」を見て米欧の見解は分かれた】
 地価と株価のバブルが崩壊した後、日本が長期間の経済停滞に陥ったのを見て、米欧先進国の中央銀行では、日本の経験に関して二つの見解が対立していた。
 一つは、国際決済銀行(BIS)を中心とする欧州の中央銀行の見解で、日本のように資産バブルが崩壊すると、経済は長期間停滞するので、安定的、持続的成長を目指す中央銀行としては、インフレの発生のみならず、資産バブルの発生にも十分気を配り、たとえ物価が安定していても、資産バブルの発生に気付いた時は、バブルの膨張を防ぐために金融を引き締めるべきだという考え方である。

【米国は日本の金融政策を批判】
 もう一つは、アラン・グリーンスパン前議長を中心とする米国連邦準備制度の考え方で、資産の値上がりがバブルかどうかは、バブルが破裂してみなければ分からないので、中央銀行はバブルが破裂した後に果敢な金融緩和を行って金融システムの安定と景気の回復を図れば、経済の長期停滞は避けられるという考え方である。この考え方の裏には、日本経済が長期停滞に陥ったのは、バブルが崩壊した後に、果敢な金融緩和を行わなかったからだという日本批判がある。

【住宅バブル崩壊で同じ長期停滞へ】
 さて、2007年中頃から米国の住宅価格バブルが破裂し、住宅ローンの不良債権化と住宅ローンを組み込んだ証券化商品の暴落が起こり、金融危機と景気後退が発生した時、米国の連邦準備制度は07年9月の5・2%から08年10月の1・0%まで果敢な利下げを断行した。しかし、住宅価格バブル崩壊後の金融危機と景気後退を止めることは出来なかった。08年9月のリーマン・ショックで米欧の金融システム危機はピークに達し、米国、ユーロ圏、日本など先進国の経済成長率は、08年第2ないし第3四半期から09年第1ないし第2四半期まで、連続してマイナス成長に陥った。

【果敢な金融緩和も効かずデフレ化(日本化)の恐怖】
 その後、在庫調整の一巡と財政刺激・量的金融緩和の効果から、先進国の成長率はプラスに戻ったが、在庫調整一巡の浮揚効果と政策効果が峠を越えた後も、バランスシート調整が終わらないため、自律的な回復力が生まれず、今年に入って成長率はジリ貧になり始めた。米国は09年第4四半期の年率5・0%をピークに、10年第3四半期まで3・7%、1・7%、2・0%と減速している。その中で消費者物価の前年比は3%からジリジリ低下し、1%を割りそうである。ユーロ圏や日本の成長率も、本年下期から明年上期にかけて停滞しそうであり、消費者物価の前年比はユーロ圏が1%台、日本がマイナス1%で、なかなか上昇してこない。
 果敢な金融緩和と財政刺激によっても、バブル崩壊後の経済停滞は避けられないことがはっきりしてきた。90年代の日本の経験に学ばなかった米国は、いまバブル崩壊後の「デフレ化(日本化)」の恐怖にさらされている。

【米国の追加緩和策の予告で米株高・ドル安と日株安・円高が進む】
 これまでの財政刺激政策に伴って、先進国の財政赤字は拡大し、「ギリシャ問題」が起こっているので、これからは金融緩和政策に頼らざるを得ない。しかし、先進国が一斉に財政緊縮・金融超緩和のポリシー・ミックスを採れば、通貨切り下げ競争となる。
 米国は経済成長の減速に直面し、早くから本年11月3日の公開市場委員会(FOMC)で追加金融緩和策を打ち出す姿勢を示していた。市場はそれを織り込んで米国の株高とドル安が進み、そのトバッチリで日本では円高と株安が続いてきた。11月3日の米国の追加金融緩和が決まれば、日本の円高と株安はもっと進むかもしれないと市場は脅えていた。

【先手を打った日本銀行の金融政策新機軸】
 しかし、日本銀行が先手を打った。10月28日の金融政策決定会合で、従来の固定金利・共通担保の買いオペ30兆円に新たに5兆円を加え、35兆円の基金を設定して国債、CP、社債、指数連動型上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J―REIT)の買い上げを実施する新機軸を打ち出した。その上、ETFやJ―REITを含む買い上げを急ぐため、11月15、16日に予定されていた金融政策決定会合を、米国のFOMC(11月3日)直後の11月4、5日に繰り上げた。米国の新政策決定後、日本の新政策決定までに間があると、市場に憶測が飛び交い、投機的な円高、株安が進むことを恐れたのである。欧州中央銀行、英蘭銀行などの政策決定会合も、同じ考えからFOMC直後に設定されており、この日本銀行の日程繰り上げは妥当である。

【政策決定会合のあと株価は3日間大幅に反騰】
 案の定、11月3日のFOMCは6000億j(約49兆円)の長期国債を明年6月末までに購入して市場に資金を供給する大型の追加緩和策を決定した。日本銀行は翌4日、35兆円の買い入れ基金の準備を整え、8日に始まる週から国債を手始めに買い入れを実施するとした。また株式と不動産の購入という異例の措置の実施要領も決めた。
 これを見て市場は安心し、一層の円高懸念から売り込まれていた日本株を買い戻し、株価は週末の4、5両日と週初の8日に大きく連騰した。金融政策の新機軸はひとまず成功したようだ。