日本経済の成長率は上振れ、失業率は下振れ (H22.3.11)
―『世界日報』2010年3月11日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【成長率の実績はIMF見通しを上回る】
 日本経済の景気、雇用、物価下落(デフレ)の先行きを心配する論調がマスコミや市場関係者の間に多いが、最近の経済指標をみると、これらの大方の予想に比べ、経済成長率は上振れし、完全失業率は下振れしているようである。
 09年10〜12月期の実質GDP(一次速報)はアジア向け輸出を中心とする「純輸出」の増勢持続に加え、家計消費と設備投資を中心とする「内需」の増加もあって、前期比年率プラス4.6%と比較的高い成長率となった。この結果、09暦年の成長率はマイナス5.0%となった。
 IMF(国際通貨基金)は、09暦年の日本の経済成長率を、昨年6月時点ではマイナス6%、10月時点ではマイナス5.4%、本年1月時点ではマイナス5.3%としてきたが、現実の日本の成長率はそれよりも更に上振れしたわけである。
 同見通しでは、日本の10暦年の成長率をプラス1.7%としている。しかし、10暦年の成長率は既に「ゲタ」を1.2%履いている。つまり、10年中の四つの四半期に、実質GDPがまったく増加しなかったとしても、10暦年の成長率はプラス1.2%になる。実際はそんなことはあり得ない。回復期に入った09年4〜6月期から10〜12月期までの3四半期の平均成長率は前期比プラス0.8%(年率プラス3.2%)であった。

【政府見通しの成長率は低過ぎ、失業率は高過ぎ】
 10年中の四つの四半期にこの勢いが維持されるとは思えないが、仮に半分のプラス0.4%(年率プラス1.6%)に鈍化したとしても、10暦年の成長率はゲタのプラス1.2%を加えてプラス2.2%になる。プラス1.7%というIMFの見通しは低過ぎる。
 政府の経済見通しは暦年ベースではなく、年度ベースであるが、10年度の成長率はプラス1・4%である。これも低過ぎる。この低過ぎる成長率を前提にして、雇用危機やデフレ継続のリスクが叫ばれているのは、楽観論を戒める政治的配慮かも知れないが、経済見通しとしては間違いである。
 政府は経済見通しの中で、完全失業率を平成21年度平均5.4%、22年度平均5.3%としている。しかし完全失業率は09年7月の5.6%をピークに低下し始め、10年1月現在4.9%となっている。09年4月から10年1月までの平均は5.2%であり、既に政府見通しの5.4%を下回っている。また10年度の平均は、10年1月の完全失業率が既に4.9%となっていることから判断して4%台に下がり、政府見通しの5.3%を大きく下回ることは確実であろう。

【日本が米欧より有利な二つの条件】
 日本の市場関係者はこのような日本の経済指標の好転に目を向けず、米国やEUの雇用、消費、住宅価格などの経済指標に一喜一憂して経済の先行きを心配しているようにみえる。しかし今年の日本と米欧の経済には、二つの大きな違いがあることを忘れてはならない。
 第一に、米欧では依然として「バランスシート調整」が進行し、それが景気の先行きを決定的に左右しているが、日本にはそれが無い。米欧の家計は、住宅価格暴落に伴う債務超過で、家の売却や消費節約で借金返済を進めている。金融機関は住宅ローンの回収不能、住宅ローンの証券化商品や派生商品の値崩れで資産が減価し、信用拡張能力を失っている。これらが景気の足を引っ張っているので、消費や住宅価格の指標が大問題になるのだ。日本にはこのようなことは起こっていない。
 第二に、日本経済は米欧と異なってアジアに存在し、アジアの内需を取り込み易い立場にある。本年1月現在、日本の輸出は前年比プラス40.9%と大きく伸びており、景気回復を支えているが、国・地域別の内訳をみると、アジア向けがプラス68.1%(うち中国プラス79.9%、アジアNIEsプラス66.3%、ASEANプラス56.0%)と突出している。米国向けはプラス23.6%、EU向けはプラス11.1%に過ぎない。輸出全体の増加に対する寄与率は、アジア向けが3分の2を占めており、米・EU向けは2割強である。仮に米・EUの景気が失速し、この地域向けの輸出が鈍化しても、日本の輸出の高い伸びは維持され、日本の景気回復は持続するであろう。

【デフレは収益を圧迫していない】
 このように、日本の成長率の上振れ、失業率の下振れにはそれなりの理由がある。
 日本固有の懸念材料はデフレである。デフレに伴う販売価格の下落が収益を圧迫し、雇用・賃金・設備投資の悪化を招くと景気は悪化する。しかし、法人企業統計をみると、09年10〜12月の全産業の経常利益は前年比プラス100.2%と大きく回復し、売上高経常利益率は3・1%と04年の水準に回復した。これは、国際商品市況の落ち着きと円高で輸入物価が下がり、また名目賃金も下落して、販売価格の下落にも拘らず収益の圧迫が起こっていないからである。
 09年4〜6月期以降、デフレのお陰で実質ベースの家計消費は増加し、輸出と並んで成長率の上振れに寄与している。10〜12月期には設備投資も底入れした。今年は米欧の指標に一喜一憂せず、日本固有の諸要因に着目して、経済の先行きを考えるべきであろう。