グローバル経済下の日本の戦略 (H22.1.12)
―『世界日報』2010年1月12日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【アジア新興国・途上国は6.5%成長、米欧先進国は1%成長】
 2010年の世界経済は、米欧先進国とアジアの新興国・途上国の経済がデカップリングする「元年」になるのではないか。
 昨年10月のIMFの世界経済見通しによると、今年の実質経済成長率は先進国が1・3%、新興国・途上国が5・1%となっている。しかし、先進国の中にはアジアNIEsの3・6%、日本の1・7%が含まれており、この二つのアジアの先進地域を除くと、残りの米欧先進国の平均成長率は1%程度である。他方、新興国・途上国の中にはロシアの1・5%、ブラジルの3・5%が含まれているので、これらを除いてアジアの新興国・途上国の平均を見ると、6・5%程度である。
 米欧先進国の1%とアジア新興国・途上国の6・5%という成長率の開きは、将にデカップリングという言葉を使うのに相応しい。

【デカップリングの原因】
 昨年の米欧先進国は在庫調整一巡と大型財政出動、超金融緩和によって、4―6月期ないし7―9月期にマイナス成長からプラス成長に戻ったが、今年は在庫調整一巡の浮揚効果は収束し、財政出動の効果はしぼんでくる。
 他方、住宅バブルの崩壊と金融危機によって、家計は負債側の住宅ローンの借入額はそのままで、資産側の住宅価格が大幅に下落し、また金融機関は負債側の借入額はそのままで、資産側の住宅ローンやその証券化商品、派生商品が大きく減価した。このバランス・シートの悪化を調整するため、家計は消費や住宅投資を控えて、住宅ローンを返済しなければならない。金融機関はローンや金融商品投資を控えて借入の返済を急がなければならない。この「バランス・シート調整」は今年も続き、家計消費と住宅投資の停滞、および金融機関の与信縮小が、景気の足を引っ張り続ける。
 これに対処するため、第2次の大型財政出動をしたくても、財政赤字が大きくなり過ぎているので、限界がある。今年の米欧先進国経済は、停滞を免れないであろう。
 これに対してアジアの新興国・途上国は、米欧先進国への輸出が伸びなくても、国内の産業化の進展とインフラ投資によって一定の成長は維持できる。07年以前の8%を超える平均成長率は無理だとしても、6・5%程度の平均成長率を達成するポテンシャルは十分持っている。

【「新々貿易理論」が教える日本・アジア一体の発展】
 さて、このような世界経済の中に在って、今年の日本経済はどうなるであろうか。
 日本の輸出は、リーマン・ショックで前年比ほぼ半減したあと、昨年2月を底に緩やかに回復しているが、昨年3月以降の輸出増加額のうち、6割強はアジア向け(前年比は既にプラス)、3割弱が米国・EU向け(前年比は未だマイナス)である。アジアの新興国・途上国と米欧先進国のデカップリングは、今年の日本の輸出には明らかに有利に働く。
 2000年代に入って発展している「新々貿易理論」によると、各企業は差別化された財を生産しているが、生産性において均質ではないので、国内にしか供給できない企業、輸出できる企業、更には参入障壁を越えて海外生産に踏み切れる企業に分かれてくる。その結果、自由貿易は国境を越えた財の供給だけではなく、生産の移転を生み、各国市場での参入、退出を通じて市場競争を促進し、生産の効率を高め、消費者利益を増大する。
 「物作り立国」日本の製造業の中で、生産性の高い企業は、輸出の段階を超え、直接投資を増やしてアジア市場での生産をもっと増やすべきだ。サービス業(流通、金融を含む)も、生産性の高い企業はどんどんアジア市場に出て、展開すべきである。

【グローバル化時代の戦略目標は実質GDP(国内総生産)ではなく実質GNI(国民総所得)】
 グローバル化時代の今日、日本の経済戦略を国内総生産(GDP)対海外市場取引の次元でとらえ、輸出入の問題に矮小化して考えてはならない。そうではなくて、アジアの国内需要を日本の国内需要と同じようにとらえ、日本とアジアを一体化したグローバル市場における最適経営を考えるべきである。アジア市場での企業活動の拡大は、日本の実質GDP(国内総生産)を増やさないが、アジアでの活動で得た所得を国内に送金することにより、経常収支中の所得収支の受取超過額を増やし、実質GNI(国民総所得)を増やす。
 米欧経済が停滞する中で、日本がアジアと共に立ち上がれば、円高基調は続くかも知れないが、輸出入の次元を超え、アジア市場に円資本を投下して活躍する企業にとって、円高が不利に働くことはない。また円高基調下では、輸入物価が輸出物価よりも大きく下落して交易利得が拡大するので、この点でも実質GNIは増える。
 雇用の空洞化も心配はない。情報通信、運輸・郵便、宿泊・飲食サービス、生活関連サービス、教育・学習支援、医療・福祉の各部門では現在の不況下でも雇用が増えており、これらの部門の雇用者の総数は製造業の2倍である。
 今年は、日本経済がアジアとの貿易取引と直接投資を拡大し、アジアと共に発展するスタートの年になることを期待したい(詳しくは鈴木淑夫著『日本の経済針路―新政権は何をなすべきか』(岩波書店、2009年7月刊)124〜166頁参照)。